『隠し砦の三悪人』['58]
『七人の侍』['54]
監督 黒澤明

 定例合評会の課題作として、全盛期の黒澤映画の二本を観る機会を得た。

 先に観た『隠し砦の三悪人』は、六十五年前の僕が生まれた年の作品で、十年ぶりの再見となる。スケール感のあるエンタメ作品として堂々たる映画だとは思うが、あまり好きな黒澤作品ではないと改めて思った。最後の田所兵衛(藤田進)の天晴れ!将に将たる器、大事にせいの言葉どおり、肚の座った見事な死生観、君主と家臣のあるべき姿を説いていた雪姫(上原美佐)ながらも、それまでの手に負えない独善的キャラクターがどうにも苦手で、加えて、又七(藤原釜足)と太平(千秋実)、取り分け太平の匹夫ぶりの、些か誇張された描き方に厭味を感じるからだ。

 ただ、真壁六郎太(三船敏郎)による騎馬戦場面から田所兵衛との槍対決に至る場面の迫力は、なかなか観応えがあって、「勝ちさえすればそれでいい」とは異なる価値観を誇りとして持つ、匹夫ならざるものであるべしとの、今や失われた人間観には惚れ惚れとした。勝者ほど誇示し、権力者ほど卑しさを露わにし、誇りの欠片も見せなくなったのは、いつからだろうと思うと、やはり僕は、バブルで底が抜けた時代から始まっている気がしてならない。

 雪姫が褒めていたほどに火祭りの場面がよかったとは僕は思っていないけれども、黒澤の力を見せつけている場面ではあったように思う。だが、人の命を火と燃やすのはいいけれども、虫けらの命を火に捨てよというのは、やはりどこか違うような気がしてならない。


 翌日に観た『七人の侍』は、『隠し砦の三悪人』に四年先駆ける作品だ。まだ観賞記録も映画日誌も書いたりしていない高校生時分にスクリーン観賞をして、圧倒された覚えがある。凄い映画があるものだと感動した。いささか興奮して観終えた後のトイレに立って溜息を吐いた覚えのある映画は他にはないような気がするのだが、休憩の挟まれる映画を観た最初もこの作品だったように思う。合評会では、 '75年の完全オリジナル版が公開されたときではないかとのことだったが、であれば、高三の秋になるわけで、なかなか悠長じゃないかと苦笑した。

 半世紀ぶりに再見すると、やはり凄い映画だと恐れ入った。画面の力・物語展開・エピソード・キャラクター造形・主題・音楽、どこを取っても一分の隙もない見事な作品だと思った。スタンダードサイズとは思えないスケール感には驚くほかない。前回の観賞から半世紀が経ち、その間、数千本の映画を観てきてなお、高校時分に観たとき以上の感銘を与えてくれるのだから、本当に凄いと思う。侍と百姓の対比を描いても『隠し砦の三悪人』とは雲泥の差があるように感じた。

 合評会では、出演者たちの当時の年齢が話題になったが、今の僕より歳上なのは、儀作を演じた高堂国典の六十六歳くらいで、与平を演じた左卜全でさえ五十九歳だったとのこと。呆気に取られた。七人の侍を演じた役者のなかに五十路に至っている者は一人もおらず、島田勘兵衛役の志村喬の四十八歳が最高齢とのことだった。七人の侍のなかでのイチバンのお気に入りが、岡本勝四郎(木村功)からあなたは素晴らしい人ですと言われ、後で微かに笑みを洩らす久蔵なのは五十年前と変わりがなかったが、剣の構えが颯爽としていて寡黙で渋い彼を演じた宮口精二は、四十歳の壮年だったようだ。



*『隠し砦の三悪人』
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5453236928109179/

*『七人の侍』
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5454126464686892/
by ヤマ

'23. 3. 8,9. DVD観賞



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