『鳥』(The Birds)['63]
『マーニー』(Marnie)['64]
監督 アルフレッド・ヒッチコック

 弁護士ミッチ・ブレナー(ロッド・テイラー)の妹で、アリスでもロイスでもないキャシー(ヴェロニカ・カートライト)と同じような年頃の子供の時分に、TV視聴して強烈な印象を残していた『鳥』を半世紀以上経て再見した。カラー作品だったのだと、オープニングのサンフランシスコからして既にカモメの群れが飛来している場面を観て驚いた。脳内記憶でモノクロ作品になっていたのは、余りにも著名な作品であるがゆえに映画関連書籍で図版を目にする機会が多く、それらがモノクロだったために、いつの間にか刷り替えられていたのではないかという気がする。

 また、新聞社主の有閑令嬢メラニー・ダニエルズを演じていたティッピ・ヘドレンがこれほどの美人だったのかと吃驚した。クールビューティ系の顔立ちなのに、妙に艶っぽくて冷たくない。

 ただ、物語的にはここまで不得要領な作品だとの覚えがなく、仰天した。たまにしか来ないというペットショップを狙ってミッチがメラニーを偵察に来ていたと思しき、裁判の件は何だったのだろう。また、有閑日にしているという金曜日のペットショップの件までミッチが知っていながら、メラニーがローマの泉に裸で飛び込んだというゴシップ記事をミッチが知らずにいて、母親のリディア(ジェシカ・タンディ)から知らされていたり、学校傍の自宅の入り口で女教師のアニー・ヘイワース(スザンヌ・プレシェット)が鳥に殺されていた件にしても、彼女はホテルへの避難指示を出して生徒たちを引率していたのではなかったのかと、唖然とした。

 それにしても、あの鳥たちの撮影は、一体どのようにして行ったのだろう。いまどきならCGでいとも簡単に自在に現出させられようが、実写での撮影なのだから、かなりな特殊技術を凝らしたにしても驚くほかないものだったように思う。また、鳥の恐さもさることながら、鳥が人間を襲うなどあり得ないと頑迷に主張して目前で現に起こっていることを観ようとせずに自分の身に災難が訪れるまで全く聞く耳を持たない鳥類研究家を自称する者や、厄災が起こると誰かを咎めずにはいられずにメラニーがボデガ・ベイ村に来たせいだと詰め寄る者がいたりする人間の不気味さを描き出すことに怠りがない。鳥類研究家を自称する老婆の頑なさや、過保護気味の母親がメラニーに詰め寄る切迫感などの見せ方にも感心した。やはり、大したものだ。


 ほぼ一ケ月後に観た『マーニー』は、半世紀以上も経って再見した『鳥』でティッピ・ヘドレンに魅了され、こちらのほうは未見のままだったので映友から借りることにしたものだ。ちょうど日米の新作アニメーション映画アリスとテレスのまぼろし工場』と『マイ・エレメントを続けて観たら、思わぬ共通点が目に付き、改めて日米の近親性に驚いたところだったので、それが六十年前の本作にも通じていることに更に驚いた。

 アニメーション作品の二作とも恋愛劇を語るうえでの設えの意匠が実に凝っているうえに、いわゆる“こじらせ女子”のキャラクター設定がされていたが、本作のマーニー(ティッピ・ヘドレン)は、“こじらせ女子”どころではない盗癖女性で、幼時に負った心的外傷によるストレス障害として、犯罪行為に駆り立てられていた。近頃では一般人でも何かというと持ち出すほど人口に膾炙しているPTSDという専門用語が、まだまだ知られていなかった時代に、かなりの先駆性ではないかと驚いた。

 アニメーション作品の男の子が揃って、実にセンシティヴで心優しく、女子に引っ張られる形で逞しさを獲得していた点についても、ウエイド【声:玉森裕太】以上に裕福なマーク・ラトランド(ショーン・コネリー)は、いかにも時代を感じさせる『犯罪女性の性的異常(Sexual Aberrations Of The Criminal Female)』などという凄まじいタイトルの専門書と思しき本まで読んで学習しつつ、なんとかマーニーを更生させようと実に辛抱強く臨んでいた。さすがに少年たちと違って、マーニーに引っ張られはしても、それによって逞しさを獲得している風ではなく、既に男として完成された度量を見せていたように思うが、父親から継いだ事業活動では得られない甲斐を彼女から得て、ときめいている高揚感を滲ませていて納得感があった。

 それも、マーニーを演じているのが、ティッピ・ヘドレンなればこそのようには感じる。そういう意味では、実に的確な配役だったわけだが、特典映像などによれば、元々はグレース・ケリーを想定していたらしい。だが、黒髪のマリオン・ホランドからブロンドのマーガレット・エドガーに転じて1万ドルもの現金を金庫から盗み出しては、転職を重ねていたマーニーは、グレースよりもティッピのほうが適役だったように思う。

 母バーニス・エドガー(ルイーズ・ラサム)との葛藤を孕んだ関係については、その描出が少々甘くて、愛は静けさの中に['86]でサラの母を演じたパイパー・ローリーには及んでおらず、いささか唐突感が否めなかったが、なかなか観応えのある現代風味の作品だった気がする。




*『鳥』
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/3795849533847935
by ヤマ

'23. 8.26. BSプレミアム録画
'23.10. 5. BD観賞



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