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『コンパートメント No.6』(Hytti Nro 6) | |||||
監督 ユホ・クオスマネン | |||||
ロシア人の出稼ぎ鉱山労働者のリョーハ(ユーリー・ボリソフ)がフィンランド語の「ハイスタ・ヴィットゥ【くたばれ】」の意味を知る日は、果たして来るのだろうか。 粗野で酒好きの知性も感じられない意外と人好しのリョーハに、フィンランドからの留学生ラウラ(セイディ・ハーラ)が惹かれたのは、音楽を嗜み会話も巧みな同邦の男の阿漕に地団太を踏んだことと、冬のムルマンスクでペトログリフ(岩面彫刻)を観に行くことが叶わないことなど百も承知のはずの恋人イリーナ(ディナーラ・ドルカーロワ)が自分に引導を渡すために仕組んだ手の込んだ追い払いだったことを思い知らされた惨めさからの縋りつきのように思えて仕方がなかった。 それでも、彼女にとっては、格別の良き思い出の、ペトログリフよりも愛すべき作品として、リョーハの描いた拙い似顔絵が手元に残るに違いない。随分前に僕もラウラとリョーハのように、旅先で似顔絵を描き合ったことがあるのだが、そのときに一度だけ会った女性とはその後、再会することもなく、絵だけが残っている。ちょうど二人と同じように、彼女の描いた似顔絵は上手だったけれども、僕が描いたものは失笑を買った覚えがある。なんだか懐かしい気分が湧いた。 チラシの裏面には「携帯もSNSもない1990年代を舞台に」と記されていたが、ラウラが携えていたウォークマンはかなり古い形式のものだったし、ビデオカメラも90年代以前のような気がしてならなかった。何より、ソ連崩壊直後のロシアであれば、もっと混乱状況があったように思われ、その割には、さして裕福とも思えない酔客が、立ち寄った外国人に気前よく、酒瓶を二本も振舞ったりしていて、どこか長閑な感じがあった。ソ連の崩壊後も実際は、西側諸国が思っているようなインフレ物不足で混乱した状況だけではなかったのだということなら、もう少し明確に1990年代であることを示してほしかったように思う。チラシの記載には、少々違和感が残った。 リョーハがラウラを連れて行きたがった老婦人宅が、彼にとってどういう関係の人物なのかも明示されていなかったけれども、それはそれでも構わないように思う。だが、ここに描かれたモスクワからムルマンスクに至るコンパートメントが、ソ連崩壊前なのか後なのかは、僕の関心においては大きな違いがあるからだ。 | |||||
by ヤマ '23. 9.16. 喫茶メフィストフェレス2Fシアター | |||||
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