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『ガザの美容室』(Degrade)['15] | |||||
監督 タルザン&アラブ・ナサール | |||||
「パレスチナ・ガザに住む人々の声を映画で知る試みとして、映画配給会社アップリンク様より劇映画『ガザの美容室』の無償提供の呼びかけを受けまして、低料金による特別上映をいたします。また、劇場としましては上映の場を提供する事しかできませんが、人道支援の有志・団体様にロビーなどにてチャリティーの呼びかけや、リーフレットの配布など自由にしていただいて構いませんので、お申し出ください。」との触れ込みを受けて、500円均一での観賞をしてきた。現今、ウクライナから転じて世界中が注目しているガザ地区をシンボリックに描き出した八年前の秀作パレスチナ映画だった。 通りを武装したハマスがうろつき、銃声や爆撃が絶えないことから、イスラエルによって鎖されたガザ地区同様に、まるで閉じ込められたように気安くは外に出られないガザの美容室に屯していたパレスチナ人女性たちは、日本人がそうであるように多種多様で、民族的にも政治的にも文化的にも単一ではないわけだが、ドローンの飛来による電波障害に際して言及された以外は、イスラエルの話が全く出て来ず「イスラエル」やら「ユダヤ人」といった言葉は一度も発せられない映画だったことがガザの日常として痛烈だった。「あんたたちがハマスを支持したりするから、こんなことになる」「じゃあ、ファタハだったらよかったの」「ファタハもハマスも両方クソよ!」という会話は現れても、イスラエルへの言及はない。ある意味、言うまでもないことだからでもあろうが、イスラエル憎しで凝り固まっていると勝手に思われがちなパレスチナ人の異相を突き付けていて鮮烈だった。 女たちの集う美容室では、かほどに苛烈な戦時下にあっても、専ら卑近なる生活に沿った話や男たちに対する不満が話題であって、憎しみを抱き忌まわしく思っているのもイスラエル以上に「戦闘」であることが率直に描かれていたように思う。暑いなかで通告されていた予定とは異なる停電に見舞われ、待ち時間も長く苛立ちの増した美容室のなかで諍いが始まった際に発せられていた「私たちが争ったら、外の男たちと同じじゃない!」との台詞の辛辣さが印象深い。彼女たちを苦しめるのは、イスラエルであれ、ハマスであれ、いつだって“戦争を止めない男たち”であり、ムスリムのもとで横暴な“女性蔑視を止めない男たち”というわけだ。 手元にあるチラシの裏面に主な登場人物として挙げられていた「離婚調停中の主婦エフィティカール、結婚式準備中の花嫁サルマ、夫からの暴力に悩む女性サフィア、ヒジャブを被った信心深いゼイナブ、臨月の妊婦ファティマ」といったパレスチナ人女性客の描き分けが鮮やかで、美容室を営むクリスティンはロシアからの移民、助手のウィダトはたまにタクシー運転手をするくらいで働きのないヒモだったりする設えが、ガザの縮図として見事に嵌っていたように思う。銃器片手に猛獣ライオンを手綱で連れ回している戦闘員の姿に込められていた“手に負えなさ”が印象深い、なかなかの作品だったように思うとともに、作り手が最も伝えたかったのであろう、美容室内で繰り返し不意に聞かされる銃撃音、爆撃音の凄まじさに恐れ入った。まさに神経が苛まれる音だ。八年前のガザを描いた作品でこうなのだから、今のガザ地区の凄まじさには、きっと筆舌に尽くしがたいものがあるのだろう。まったく酷いことだ。 そして、ロシアによるウクライナ侵攻の際には、ウクライナの戦闘支援の声が上がったことに比べ、今回のイスラエルによる殲滅作戦に対しては、ハマス支援の声が上がらずイスラエル非難しか出て来ない巷の声に対し、その違いを思わずにいられない。二十日ほど前にNHKのBS1録画でBS世界のドキュメンタリー『“銃社会”アメリカの分断』(Gun Nation America On Fire)['22]を観た際に、アメリカ銃社会の問題は、世界の軍備問題と全く同質だと改めて思ったことを想起した。 要は銃関連ビジネスや軍需産業による政治工作が生み出している利権構造というわけだ。番組でも銃規制が進まない理由について、恐怖心と銃神話に疫病のように罹患してしまう人々がいることと、それを後押しする勢力の存在を挙げていたような気がする。それにしても、銃規制はすべきだと言いつつ、軍備増強はやむを得ないと考える人々が我が国に少なからずいるよう見受けられるのは何故なのだろう。どう考えても矛盾しているように思うのだが、理由が番組中にも出てきた「あまり考えないから」だと言われてしまうと、絶句するほかなくなる。その割には、したり顔で威勢よく雄弁な気がするのだが、不思議でならない。この番組は、フランス制作による昨年のものだったが、銃被害で亡くなった人の遺族の肉声以上に、銃で撃たれて心身に障害を負った人々の声が、あまり聞く機会がない分、印象深かった。 その面からも本作は、美容室に集った様々なパレスチナ人女性たちの声を掬い上げていて、大いに感心させられた。 参照テクスト①:“シリーズ緊迫パレスチナ情勢①~③”を観て 参照テクスト②:“BS世界のドキュメンタリー”を観て 『アラファトの実像』['22] 『ネタニヤフとアメリカ大統領 ガザ侵攻への軌跡』['23] 『議会乱入を仕組んだ男 トランプ 陰の“盟友”』['23] | |||||
by ヤマ '23.12.27. あたご劇場 | |||||
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