『夏へのトンネル、さよならの出口』
監督・脚本 田口智久

 半分の花火(『百花』)よりも、満面の花火が断然よかった。雨の六月の初めて出会った日に駅のホームで渡されたビニール傘を十三年後の秋に返し、相合傘で差したビニール越しに見上げた青空がとても気持ちよかった。

 親はいないそれはいいねで始まった十七歳の高校生、塔野カオル【声:鈴鹿央士】と花城あんず【声:飯豊まりえ】の交友のなかにある甘酸っぱさと高揚感が思いのほか響いてきたのは、その特異な設定もさることながら、やはり二人の若々しくピュアなキャラクターが好もしかったからだろう。とりわけ、あんずの凛々しい頑固さがいい。ウラシマトンネルに行ってまで取り戻したかったのだから自信もあったはずの“自信半分不安半分の原稿”をカオルから絶賛された喜びを気取られたくなくて、机に突っ伏しながら激しく足を擦っていた様子が微笑ましかった。

 序盤で東京に出たいと零していたような田舎に暮らす女子高生に限らず、あの時分の“キラキラした特別なもの”に憧れ、惹かれる若者の心持ちと、自分のなかにある欠落感や喪失感への葛藤をベースにして、孫持ちになっている僕からすれば、浴衣姿のあんずに誘われた花火見物のみならず、ビニール傘ならぬ向日葵一輪を差し出して出会いの時を振り返る語らいにしても、なにもかもが“キラキラした特別なもの”に包まれているような作品だった。この透明感とピュアさの感覚は、実写作品で映し出すのは難しい類のものだと感じた。
by ヤマ

'22. 9.17. TOHOシネマズ1



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