『死刑弁護人』['12]
監督 齋藤潤一

 手元にチラシを持ったまま気になりつつも未見だった宿題作をちょうど十年を経て観た。オープニング、電車の車両内でノート型パソコンを開いて作業をしている安田好弘弁護士に64歳とのクレジットが添えられ、車中で居合わせた乗客がスマホではなく、新聞を広げて読んでいて、その新聞が朝日新聞だったりした時代(もしかすると顔の映り込みを避けるためにスタッフ持参の新聞を持たせたのかもしれないが、製作・配給の東海テレビはフジテレビ系列だから流石に朝日新聞はないような気がする。)の作品だ。

 あれから十年、犯罪の厳罰化にのせた国権強化の空気は随分と世の中に浸透してきて、安田弁護士が取り組んでいた死刑廃止運動や死刑制度廃止論議など近頃はさっぱり聞こえて来なくなっている気がする。本作でも最初に取り上げられていた和歌山毒カレー事件の林眞須美死刑囚の再審請求は、作中で画像でも示されていた「証拠品とされた紙コップの色の違いの指摘」を新証拠として1911年に安田弁護士らが起こしたものが、昨年、特別抗告の取り下げにより棄却が決定し、いま生田弁護士らによる第2次再審請求に移行しているようだが、還暦を過ぎてなお同時期に大小合わせて50件を超える訴訟案件を抱え、港合同法律事務所に寝泊まりし、鎌倉の自宅には月に一度くらいしか帰っていないという激務ぶりに恐れ入った。

 改めて名だたる事件が居並ぶ本作を観ていて、最も印象深かったのは、マスコミ取材が求めているのは話題提供だけでバッシングにしか繋がらないから、マスコミは嫌いだと言いながら、会見の質問の場でも取材で向けたマイクにも、終始穏やかで理路整然とした言葉を連ねていた安田弁護士が、どうやら1995年のオウム真理教事件にまつわる法廷戦術を巡ってのものと思しき、国策捜査によって彼自身が「顧問企業の資産隠しを指示した」かどで逮捕されたらしい1998年の安田事件での十か月間の勾留期間中にノートに書きつけていた「ハメられた」「チクショー」とか「コノヤロー」といった手書き文字だった。それにしても、この安田事件、弁護団に参集した弁護士が1500人だったというから凄いものだ。

 映画から受け取ったものによれば、安田弁護士の法曹活動の原点は、なりたての時分に関わった山谷のドヤ街にて出会った事件にあり、ヤクザから上前をはねられていた下層労働者が騒動を起こすたびに、本来取り締まりすべき“強い”ヤクザのほうには目もくれず、“弱い”労働者を目の敵にし、時にでっち上げまでして逮捕拘束していたことからくる警察権力への不審と怒り、学生時分に加わっていた政治闘争以来の国家権力への不信と憤りのようだった。

 だとすれば、二十代時分からのポリシーを貫徹どころか深化させていたわけで、まったく畏れ入るばかりの筋金入りの反骨精神だと敬服するほかない。国選弁護人の受け手がなく弁護士会のほうからの依頼で受けたというオウム真理教事件や光市母子殺害事件での法廷戦術自体には、違和感を覚えた記憶があるが、1980年の新宿西口バス放火事件で弁護し、死刑を免れた丸山無期懲役囚が獄中で自殺してしまったことに衝撃を受け、同じく1980年の名古屋女子大生誘拐事件の木村死刑囚の恩赦請求中に間隙を縫う形で死刑が執行され、再審請求をしていなかった自分の甘さを悔いていた安田弁護士が、時に手段を択ばない形で事実探求の場を奪ってくる国家権力に対抗するためには、次第に対抗戦術自体も目的のためには手段を択ばない方向にエスカレートさせていったのも無理からぬ面があったように感じた。

 本作でも映し出されていた死刑廃止を法廷で考えているとしたら弁護士失格だ。法廷は事実を争う場であって、政策や思想の場ではないとの彼の弁は、僕が違和感を覚えた記憶のある法廷戦術に対する批判に応えて述べられたものだったようだが、確かに裁判の引き延ばしをしたところで死刑が遠ざけられるわけもなく、彼が明言していたように法廷は制度を争う場ではない。制度に則った適用運用を争う場だ。現に制度としての死刑があるなかで死刑廃止を訴えられるはずもないのは論理的に明快だ。

 少々意表を突かれたのが、ナレーションを担っていたのが山本太郎だったことだ。福島原発事故が起こった翌年の作品だから、まさに彼が仕事を干され始めた時分のことで、こういうところで糊口を凌いでいたのかと思ったりした。
by ヤマ

'22. 4.28. 日本映画専門チャンネル録画



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