『とんび』
監督 瀬々敬久

 画面の大半を大海原が占める構図に角度が動いて鳶が舞うラストショットがず~んと響いてきたから、いい映画だったなとしみじみ思った。市川安男(阿部寛)は、令和元年に亡くなっていたから、息子の旭(北村匠海)に言っていた百歳までは生きられなかったようだが、昭和三十七年生まれの息子が功成り名を遂げるまでは生き抜き、幼い旭を抱えて父子家庭での子育てに弱っていたときに海雲和尚(麿赤兒)が説いたお前は海になれ!というとおりの父親になって、天寿を全うしたと思しきことが指し示されていて感慨深かった。

 人生、山も谷もあるほうが景色が良いわよねと言っていたのは、ヤスの名を思わせる泰子を生まれたばかりで嫁ぎ先に残して離縁した小料理屋“夕なぎ”の女将たえ子(薬師丸ひろ子)だったように思うが、安男だったかもしれない。何一つ後悔したことのない人生なんてありはしないと息子に諭したのが確かに安男だったのは、海雲和尚への見舞いをおざなりにしていた旭と同じような思いを亡父に対して抱いたことが僕にはあるので、間違いない。二年後に亡き和尚が息子の照雲(安田顕)に託して旭の成人を待って届けた手紙を読んだときに、旭は改めてその思いを強くしたことだろう。

 昭和四十年に三歳で母親(麻生久美子)を亡くした旭は、僕の五学年下になるほぼ同世代で、育った環境はまるで違うが、大学進学で上京し、出版社の入社試験を受けたのは同じで、七歳年上の女性との交際といい、いろいろ思うところがあった。

 その由美(杏)が備後のおもてなし、しかと受け止めましたと涙した、彼女を二十七歳の旭が郷里に連れて帰った“夕なぎ”の場面と、たえ子の店に安男が泰子を連れて行った“夕なぎ”の場面が特に印象深かった。何のことはない、どちらも薬師丸ひろ子が絶妙だった場面だ。

 前者では、胸の内に渦巻く葛藤に本心を素直に表せられない安男が取り返しのつかない爆発を起こしかねないと察知して手を打った彼女の対応に恐れ入った。照雲は、たえ子の差配どおりに動いたのだろう。いつだって頼りになる心強い漢だ。

 後者では、アタリメ出して済ませるわけにいかなくなるじゃないのとぼやきながら、渾身の“おふくろの味”を用意できる流れを作ってもらえた嬉しさを滲ませている風情が絶妙だった。旭の件についても、母親の真似事をさせてもらえて幸せだったと言う、たえ子だった。

 親子の物語とも父の物語とも言わず「家族の物語」だとモノローグしていた気のする旭の言う“家族”には、安男が男手一つではない、手はたくさんあったと言い切っていた手の主みなが、きっと含まれているはずだ。そのことがよく伝わってくる物語だったように思う。由美の連れ子の父親になることに対して、旭は迷いを抱かなかったに違いない。そう思わせてくれたたえ子と照雲が、とても効いていた。ひとり親世帯が増加してきているように感じる今世紀にあって、観るべきところのとても豊かな作品で、安男の父親の手といい、旭が由美の背に当てた手といい、手のショットがよく活かされていたような気がする。
by ヤマ

'22. 4.16. TOHOシネマズ2



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