『ちょっと思い出しただけ』
監督・脚本 松井大悟

 三年余り前に観た君が君で君だは、実に意表を突くトリッキーな作品だったが、本作もトリッキーな運びのなかに、同様の気恥ずかしさと共に「バカやなぁ」と笑わずにいられない普遍性を秘めたものが込められていて、なかなかのものだった。

 さすが『ナイト・オン・ザ・プラネット』を持ち出すだけあって、反復を多用した“スタイリッシュな作り”においては、『君が君で君だ』以上のものがあったように思う。部屋に貼ってあるポスターが『ナイト・オン・ザ・プラネット』ではなく、原題の『Night on Earth』のほうだったり、『ミステリー・トレイン』に出演していた永瀬正敏を定点登場させているところや、とぼけた味のユーモアを漂わせていたところ、佐伯照生(池松壮亮)と地蔵の場面あたりにも、ジャームッシュ的なものを感じた。

 スタイル面のみならず、内容的にも充実していて実感を誘われ、もはや還暦も過ぎた僕の過去を振り返ってみても、人と人との縁というものは、実に異なもの味なものであって、単に相性だけでは片付けられないものがある気がしている。

 運命的な出会いであることに対して、500%の思いで確信できると言う康太(屋敷裕政)のような弁など、実際は当てにもならないことのほうが多いとしたものだが、違うことの証にもならないという運びが絶妙に可笑しかった。何にも勝るものは、けっこう“勢い”だったりするのが人生だと我が身を振り返っても思う。

 タクシードライバーの葉(伊藤沙莉)はちょっと思い出しただけと言うしかないけれども、つい買ってきたケーキの味は、当然のことながら、甘いだけではないに違いない。そのあたりの空気感と呼吸をよく捉え、描き出している作品だったような気がする。

 ダンサーを諦めて照明スタッフになった照生が、足を傷めたりしていなければ、野原葉との関係は、どうなっていたのかと思わせたりしつつも、人と人との縁は、足の怪我の一事で左右されるようなものではないからこそ“縁”というのだろうと思わせてくれるような映画だった気がする。




推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981671808&owner_id=1095496
by ヤマ

'22. 2.25. TOHOシネマズ5



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