『ブラックホーク・ダウン』(Black Hawk Down)['01]
監督 リドリー・スコット

 二十年近く前にパッション』をめぐる談義を交わしていて話題にのぼって以来の宿題映画となっていた作品だ。

 三十年前にソマリアの首都モガディシオで実際に繰り広げられた戦闘を描いた映画だが、軍隊、民兵、武装した市民が入り乱れて殺戮し合う凄惨さの生々しさが、公開当時に大きな話題になったような覚えがある。

 五日ほど前にウクライナ東部地域をロシアが新規国家として認めるとの報道に接した際にそうか、こうやって満州国はかつて建国されたんだなぁって、ちょうど九十年前の出来事を見せられているような気がしています。とSNSでコメントしたが、今、ウクライナの首都キエフでも、ロシア軍の侵攻に対して政府が国民に武器を手に取るよう呼び掛けている。ウクライナ政府は、本作に登場したようなロケット砲まで提供するのだろうか。レバノンの首都ベイルートが激しい戦闘で廃墟になった姿を観たのはいつだったか、俄かには思い出せないが、猛烈な勢いで空薬莢が堆くなっていくさまをクローズアップした映像を本作で観ながら、砲弾や銃弾が夥しい量で消費されることによって莫大な利益を挙げている連中の存在が腹立たしくてならなかった。

 人質に取った米軍パイロットのマイク・デュラントに対して、武力で制圧したとしても、アメリカにとって都合のいい民主主義を我々が受け入れると思うかと突き付けていたアディード将軍派の指揮官の思いや、戦闘がある限り“仲間のために”戦場に帰って来るとの決意をレンジャーのエヴァーズマン軍曹(ジョシュ・ハートネット)に告げていたデルタ・フォースのフート軍曹(エリック・バナ)の負っていたものが、まさにまんまと利用される形で、莫大な命と資源が失われていくのが堪らない。

 映画で観る限り、ソマリア民兵の戦闘力を見くびっていたガリソン司令官(サム・シェパード)の作戦ミスに加えて、戦死者をも含めた全員の撤収を命じた指揮によって、犠牲者が増えたように見受けられる戦闘だった。殺し合いまでも已む無しとするような戦闘というもの自体が既に合理的な判断を失っているのだから、ある意味、当然かもしれないけれど、何のために殺し合うのかということに対して、それと釣り合いの取れるような価値など存在していないことが、“悲惨な戦い”を生々しく描くことで露わにされていた気がする。
by ヤマ

'22. 2.27. BS12土曜洋画劇場録画



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