『アナザーラウンド』(Druk)
監督 トマス・ヴィンターベア

 十代の時分には「お前、酒臭いき今日は先公の近に行かれんぞ」と教室で言われたり、厚手のコートの内ポケットにブランデーの小瓶を忍ばせて大学入試に臨んだり、よさこい踊りの後の深酒に法被姿のまま路上で翌朝まで寝入り込んだりもしたけれど、数十年前から年に数回しか飲酒をしなくなった僕からすれば、大人になっての酒による失敗とも思わぬ果報とも無縁で、何とも彼岸の物語だった。作中の各国首脳の酩酊会見の記録画像を観ながら、国際会議に出席した中川昭一大臣の泥酔会見がテレビで流れたときのことを思い出し、そう言えば、エリツィン大統領のアルコール依存が深刻だという報道もあったよなと思ったりした。

 エンドロール時のクレジットによれば、デンマークの飲酒解禁年齢は16歳のようだ。僕が最も高頻度でお酒を飲んでいたのは、中学時分のバスケット部を辞めて暇になった高校一年の頃だったから、デンマークでも解禁されていない15の秋だったわけだ。本作では、酒の効用を大真面目に訴えつつ、その習慣性ゆえの付き合い方の難しさに触れていたが、最後の締め方からすると、良し悪しうんぬんよりも、酒から離れようのない人の性というものを描きたかったのだろうという気がした。

 やり直したいと告げてにべもなく断られた妻アニカ(マリア・ボネヴィー)から「会いたい」とのメールを貰ってもすぐさま駆け付けようとはせずに酒を飲み続け、その嬉しい知らせにダンスに興じ、海にダイブしてしまう歴史教師マーティン(マッツ・ミケルセン)を観ながら、本当に人は懲りないものだと思わずにいられなかった。マッツ・ミケルセンは元ダンサーらしいけれども、あのダンスソロの場面の撮り方からすると、スタンドインではないかという気がして仕方がなかった。

 だが、聞くところによると、「今回、すべてのダンスシーンで代役はナシ。マッツ本人が踊りきっている。」ということらしい。しかし、それにしては、画面では、激しい動きの場面は全て顔がはっきりとは映らない撮り方ばかりしていて、なんだかとても不自然だったように思う。「元ダンサー」という経歴から「それなら自分で踊っているのだろう」ときちんと裏を取ることなく「代役はナシ」などと平気で書いてしまうような業界というイメージがあるものだから、今ひとつ信用できないでいるなどとぼやいていたら、マッツファンの映友が最後のダンス場面の動画をすぐさま教えてくれた。まったく凄い時代になったものだ。

 改めてカット繋ぎに気を付けて注視してみると、マッツの顔が映るのは、比較的スローな踊りの場面ばかりで、♪What A Life♪のイッツオッケーという歌詞から後の「顔が映るカット」と「映らない形で踊るカット」の繋ぎがなんとも微妙な感じだった。易々とマッツオッケーという気にはなれない。ついつい四十年前に観たフラッシュ・ダンス['83]なんぞを思い出したりして、ますます疑念が募ってきた。
by ヤマ

'22. 1.30. あたご劇場



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>