『トキワ荘の青春』['95]
監督 市川準

 二十四年ぶりの再見をデジタルリマスター版で果たした。製作時点で既に四十年前の青春を描いていたわけだから、本作に登場した若者たちのなかで鬼籍に入っていない人のほうが少なくなった今、デジタルリマスター版で復刻されたというのは、本編上映前に映し出された本木雅弘が挨拶映像で語っていたように、二十六年前のサリン・阪神大震災当時と似たような“人と人との関係性の疎外が世相的に感じられる時代”になっているからなのかもしれない。

 僕が生まれる少し前の戦後昭和の風景・事物がとても丁寧に描き出されていて、なんだかひどく懐かしいものに触れたような気がした。四半世紀前に観たときにも印象深かった覚えのある木造階段を大きく捉えたショットが、トキワ荘で日夜制作に励む若き漫画家たちが登り上がって行くべきものとして立ちはだかっているようにも感じられた。

 背番号0を付けた野球少年が深々と礼をして寺田ヒロオ(本木雅弘)に「ありがとう」と言っていた最後の場面は、あの時代に丁度その少年の年ごろだったと思われる市川準が、当時、還暦過ぎで亡くなって程なかった寺田ヒロオに捧げた言葉だったのだろう。よもや彼自身が寺田ヒロオよりも若い歳で亡くなるとは思いもしていなかったが、二人の享年を僕の歳が超えてしまっている今観直すと、改めて感慨深いものがあった。

 本作に登場していた若き漫画家たちで今なお御存命の方々はどれだけいるのだろう。背番号0を付けた野球少年の年ごろに僕がなったときは既に売れっ子になってトキワ荘を出ていたはずの赤塚不二夫(大森嘉之)も、藤本弘(阿部サダヲ)も、石森章太郎(さとうこうじ)も亡くなっていることは知っているのだけれど、などと言っていたら、ネットで知り合った漫画に造詣の深い学友が「あの年代でご存命と言うと、藤子不二雄Ⓐ、さいとうたかを、つのだじろう、ちばてつや、松本零士、平田弘史、つげ義春…」と教えてくれた。

 安孫子素雄、ちばてつや、松本零士は時おり見掛けるように思うが、本作にも登場したつげ義春も御存命だとは思い掛けなかったなどと思っていたら、さいとう・たかをの『ゴルゴ13』シリーズの単行本が200巻を超えて、秋本治の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を抜き、「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」としてギネス世界記録に認定されたというニュースが飛び込んできた。学友の言う“あの年代”は凄いものだと改めて思った。
by ヤマ

'21. 7. 3. あたご劇場



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