『リスペクト』(Respect)
監督 リーズル・トミー

 過日観たドキュメンタリー・フィルムアメイジング・グレイス/アレサ・フランクリンの背景には、こういう事情があったのかと感慨深かった。実際のアレサのアルコール依存がどの程度だったのかはともかく、夢に見たヒット作を得て歌手として大成功し、豪邸暮らしに至っても、幸福感を得るより不安や重荷のほうが嵩んでくるキツイ生活になっていたのだろう。フランクリン家の大黒柱とも言うべき“ビッグ・ママ”の祖母がひ孫たちを連れてデトロイトに帰るしかないような荒れた日々となっていた。苦境に至ると信仰に向かう気持ちが強くなるのは、ありがちなことで、元々バプテストの進歩的な牧師(フォレスト・ウィテカー)の家に生まれ、信仰心にも公民権活動にも心を寄せていたようだから、尚のこと想いが教会に向かったなかで、1972年のロサンゼルス、ニュー・テンプル・ミッショナリー教会でのライブがあったということのようだ。

 劇中でもオードラ・マクドナルドがとりわけ印象深い歌唱を披露していた、母バーバラから受け継いだ美声と歌心もさることながら、父親から受け継いだ気質と思しき心中の“デーモン(「虫」と訳されていた)”が発作的に暴れ出す気性と我の激しさとの折り合いに、彼女自身が難儀しているように映ってきた。

 抑圧され、“リスペクト”の払われない遇し方を受けることへの憤りは、得てして己が面子への執着と己が意に反したことに対する暴発といった形で現れやすく、アレサ父娘のみならず、アレサ(ジェニファー・ハドソン)が身も心も惹かれ、家中の反対を押し切って結婚した最初の夫テッド(マーロン・ウェイアンズ)にも色濃くそのことの窺える人物造形が施されていたように感じる。おそらく三人姉妹のなかでも最も父親好きで、また父親からも目を掛けられ、姉を差し置いて前列に引き立てられていたアリサゆえに、つい虫が暴れ出してDVをふるってしまうことも含めて父親に似たキャラクターの男を無意識のうちに選んだ結婚だったというような描き方がされていた気がする。

 テッドを受け容れないフランクリン家から出て行く際に、息子たちに挨拶をと言っていたように思うが、アレサには十代のうちに何人の子供がいたのだろう。最初の妊娠を十歳で経験させられていたことにも驚いたが、複数の子どもを十代で出産していたとするなら、その事情は何だったのだろう。生半可なものを負った人生ではなかったことが容易に察せられる物語だったが、145分を超える長尺の割に、そういった部分に関わる詳細はほとんど省かれていた。劇中でも流れた♪My One and Only Love♪の叶わなかったアレサの生涯は、三十歳で迎えた教会ライブで終えているわけではないだけに、大いに気になった。

 そういう思いの湧いたなかでの圧巻は、エンドロールに流れた、今世紀になってからの老いたアレサによる実際の歌唱の記録映像の力強さだったように思う。太い腕の肉が弛んだ手を高々と上げ、放つ声量と歌唱の見事さに打たれた。そして、教会ライブのドキュメンタリー・フィルムでも目立っていた歌の上手い牧師が、ジェームズ・クリーヴランド師(タイタス・バージェス)という名であることが判ってよかった。
by ヤマ

'21.11.13. TOHOシネマズ5



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