『禁断の惑星』(Forbidden Planet)['56]
監督 フレッド・M・ウィルコックス

 月に降り立ったのが21世紀の終わりだと語られる時代に、人類が宇宙の各地に植民している23世紀を描いたSFというか、宇宙ものだった。

 知能指数を倍以上に増幅させる装置だとか、人の無意識を具現化させてしまう装置だとか、サイエンス・フィクションと言うのも少々躊躇われるところがあるけれども、人間科学という観点からは、なかなか興味深く意味深長な物語で、思いのほか面白かった。

 先住民クレルの遺産を活用し、ただでさえ高かった頭の良さを倍増させたとはいえ、「文系学者のできることか?」とのモービアス博士(ウォルター・ピジョン)による、ロビーと名付けられたロボットほかの製造には唖然としながらも、映画としての造形には、七十年近く前のものとは思えない見映えがあったように思う。出産して程なく死んだという生物学者の妻との間の娘アルタ(アン・フランシス)の育て方には何らの叡智を働かせることなく“無菌培養”していた感じが、いかにもシングルファーザーとしての男親らしくて妙に可笑しく、1950年代感そのもののような気がするとともに、彼女を演じていたアン・フランシスが実に魅力的だった。部下たちをたしなめていたはずのJ.J.アダムス船長(レスリー・ニールセン)がひとたまりもないのは当然のことだと納得しつつ、笑わせてもらった。

 早々に彼女の唇を奪っていたジェリー・ファーマン大尉がアダムス船長の手の速さをアルタに陰口して牽制していたのは、張り合っても勝てそうにない男伊達ゆえであることが明白だった。そのような“男のけちな姑息さ”とは対照的なアルタの無垢さを、アンはよく体現していたように思う。

 それにしても、精神分析学に言うイド【無意識】を怪物として具現化し、潜在意識下の本心として抑圧した攻撃性や支配欲を描き出しつつ、その出現時期をも含めた制御不能ぶりを現出させていた脚本に感心した。未見作品だから、本作のことは知らずにいたけれども、イドとかエスというのは、心理学の本を読んだりして知っていたので、SF作品でそう来るのかと大いに意表を突かれたのだが、映友たちによれば、本作は相当に名高い作品のようだ。

 テレビドラマの『刑事コロンボ』のスピルバーグが監督した回に、本作のロビーがゲスト出演していたとか、手塚アニメで、この映画の怪物らしきものが一瞬あらわれ 井戸に消え「“イドの怪物”か ……」とつぶやくネタがあったとか教わると、如何にも二人に似つかわしい話だと愉快な気分になった。とりわけ、アニメーションで瞬時にして井戸に消えるというのが実に手塚らしくて、楽しく思った。
by ヤマ

'21. 5.30. BSプレミアム録画



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