『瞳の中の訪問者』['77]
監督 大林宣彦

 告知を受けていた肺癌だから、コロナ感染ではなかったようだが、渦中での訃報を受けて、高校時分の映画部長から借り受けているディスクを視聴。追悼というのは少々おこがましく、そう言えば、あれ借りたままだったと思い出しての視聴だったが、むかしの作品を観る楽しみというのは、歳を重ねると確実に増してくるものだと改めて思った。手元の記録にも残っていないし、記憶も薄く、未見作品だと思っていたのだが、手塚医院の怪しげな石上医学博士(石上三登志)の言う「眼科の敵」には覚えがあって、開始早々に「ありゃ」ということになった。三東ルシアのいるアイバンクの設えといい、山荘のピアノの部屋に掛けてある絵といい、大林監督らしい遊び心満載の作品で、主役の女学生小森千晶を演じた片平なぎさは「そうか、主演デビュー作からユーモラスなサスペンスものが宿命づけられていたんだな」と少々感慨深かった。

 当たり前のことながら、片平なぎさ18歳、志穂美悦子22歳、あまりに若くて驚いた。酔っ払い役で顔見世のためだけに登場する千葉真一もめっぽう若かった。ブラック・ジャックを演じていた宍戸錠は、ジャックではなくエースのはずなのだけれど、継ぎ接ぎの顔に青黒く変色した皮膚のメイクが意外に似合っていて、いかにも大林作品らしくて良かったように思う。最初の登場場面で、室内なのに風に煽られて白黒ツートーンの髪がそよぎ靡くのが笑える。ダイニングテーブルがそのまま手術台になる安直さは、いかにもチャチで失笑ものなのだが、漫画的演出として面白く観た。

 それにしても、楯与理子(ハニー・レーヌ)のボートでの風間史郎(峰岸徹)への訴えは後朝の未練の言葉であって、それを真に受けた形の史郎の心中未遂と千晶の前への出現というのは、余りと言えば、余りな運びのような気がしなくもない。ましてや与理子の角膜がどうしてアイバンクにあって、それをコーチの今岡宏(山本伸吾)がいとも簡単に持ち出せたのかは出鱈目というほかないのだが、それもあってのアイバンクのあの設えだったのだろう。

 史郎の弾くピアノ曲のかなり安っぽく劇的に仕立ててある曲調が映画作品の醸し出すテイストに実にマッチしていて笑えた。しかもその繰り返しが、ちょうど本作を観る前に視聴した『笑の大学』'98年パルコ劇場公演収録)で、椿一(近藤芳正)が向坂検閲官(西村雅彦)に対して四日目に講釈していた喜劇の手法についての話と合致していて、尚更に可笑しかった。
by ヤマ

'20. 4.11. DVD観賞


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