『人生をしまう時間(とき)』
監督 下村幸子

 在宅のターミナルケアに従事する80代と50代の二人の医師が、ともに外科医出身だということが目を惹いた。もしかすると、小堀医師が旧知の堀越医師に声を掛けたのかなとも思うが、その堀越医師が「国境なき医師団」との名称は出てこなかったけれども、海外での医療援助活動に従事した経験を持つ医師であることも目を惹いた。他の診療科目以上に外科には生死に直面する場面が多いとともに、手術の成否という生々しいストレスに晒されることが多いことから、人の死に対して深く強い思いを誘われる場合が起こりがちなのかもしれない。

 人の最期からなるだけ苦痛を排して心穏やかに逝かせること、ターミナルケアのストレスから出来るだけ家族を守ること、その二つを二大方針として臨んでいるように映った医師たちの姿を観ながら、最前線の外科医であった時分には得られていなかったであろう心穏やかさが、患者以上に彼らに得られているように感じられたことが印象深かった。

 本作に捉えられた幾つかの終末のなかで印象深かったのは、義父の介護に精励しているシニア男性の弁で、実の両親のときには現役を理由に姉任せにした疚しさからのものだと語り、姉からもその分しっかりやれと言われていると話していた。そういう代償作用もあるのかと鮮烈だった。また、父親の介護を受けて育った全盲の娘が四十代になって逆の立場になって看取りまでを果たした終末も、映し出されていた庭の百目柿の色づき同様に印象深かった。

 親戚含めていろんな人に助けてもらっているお陰だと語る娘さんの声が、まるで声優のようにあまりに澄み切っているものだから、小堀医師が彼女は事態をきちんと理解できているのか心配だと漏らすほどだった。数多くの介護に携わる家族と接してきている彼が知っている介護苦というものを彼女は些かも漂わせずに、あり得ない希望的観測まで口にしていたからだろうが、末期の末期をきちんと看取ったのも、その直前に事態の急迫を訪問医に知らせたのも彼女自身であって、小堀医師の心配は杞憂だった。適切なフォローアップが調えられれば、全盲の娘にも終末専門医が「お父さんは幸せだったと思うよ」と太鼓判を押す在宅での看取りができることに感銘を受けた。

 彼らの勤める堀ノ内病院というのは、どこにあるのだろうと思いながら観ていたら、所沢ナンバーの車が登場したから埼玉県なのかと察しを付けた後、映画が終わってチラシを読んだら埼玉県新座市と記されていた。元になったNHKのBS1スペシャルでの放送番組を観逃していたので、よい機会が得られたと思うと同時に、自分の内にもある“終末・最期”を忌避している心情を衝いてこられたようなところがあって、少々疲れた。
by ヤマ

'20. 1. 5. 自由民権記念館・民権ホール


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