2019年度優秀映画観賞推進事業Uプログラム
“特集 音楽・歌謡映画の決定版-楽しさあふれる、歌と笑いと夢!”

『エノケンの頑張り戦術』['39] 監督 中川信夫
『ジャンケン娘』['55] 監督 杉江敏男
『大学の若大将』['61] 監督 杉江敏男
『君も出世ができる』['64] 監督 須川栄三

 改めて、映画は時代と風俗を映し出す公器だと思った。最初に観た『君も出世ができる』は、半世紀前の東京オリンピックを前にして、外国人観光客の誘致を図る旅行代理店に君臨する出鱈目社長と様々社員を描いた作品で、奇しくも眼下のインバウンド争奪と組織ヒエラルキーに半世紀前と何ら変わるところがない時代錯誤感を炙り出していて興味深かった。チャップリンの動きを模しているとしか思えない冒頭のフランキー堺の体形に似合わない軽やかな身のこなしに観惚れつつ、ジーン・ケリー風の踊りでミュージカル色を帯びてくるばかりか、アメリカ帰りの社長令嬢にしてプロジェクトマネージャーに就いた片岡陽子(雪村いづみ)の歌うアメリカではに唖然とした。当時の企業文化を揶揄したものだと思われるが、こういったメルクマールが実際に示されていたからこそ、この歌があるのだろう。社長(増田喜頓)の囲われ者になっているバーのマダム紅子(浜美枝)が魅力的だった。しかしながら、お話そのものには、妙に性に合わないところが多々あるように感じた。

 その点では、続いて観た日中戦争時代の防弾チョッキ製造会社で張り合うサラリーマンを描いた喜劇『エノケンの頑張り戦術』も、なんだかなぁと思ったが、昭和14年当時の風俗を観るうえでは、避暑地の海水浴場や温泉旅館の様子など、戦前好景気の名残を目の当たりにするようで興味深かった。両作とも、アフリカの人食い人種だとか精神病患者の描き方とかに限らず、今では到底許されないネタが喜劇として使われていたが、それらも含めて時代を知る公器として実に貴重なものだというほかない。

 僕が生まれる三年前の“三人娘(美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみ)”映画の初作となるらしい『ジャンケン娘』では、ひばり以上にチエミ、いづみが前面に出ている感のある構成に後年の印象からは新鮮さを感じた。印象に残った歌は、ひばりの「ラ・ヴィ・アン・ローズ」といづみの「スマイル」。役者では、ひばりの演じたルリの母親お信を演じた浪花千栄子が目を惹いた。外交官北島(高田稔)の人物造形なども今では通用しないものに違いない。母校の大学本学の正面入り口に臨むキャンパス風景が映し出されていたが、二十一年後に僕が通った当時と寸分違わぬ風情が懐かしかった。

 加山雄三の若大将シリーズの第1作を飾る『大学の若大将』もまた今回観るのが初めてで、これまた風俗映画として非常に興味深いものをいくつも映し出していた気がする。この時分のダンス人気や水泳水球人気は結構なものだったようだ。そして、京南大学水泳部のエース田沼雄一(加山雄三)のクラスメート団野京子(団玲子)が雄一を評して言った「MMK(モテてモテて困る)」が“DAI語”の元ネタだったのかと、六十年近く前の本作を観て得心した。当時の流行だったのだろう。

 それにしても、四作ともに窺えるある種の大らかさとオプティミズムが印象深かった。社会状況や人々の暮らし向きがみな上手く運んでいた時代というわけでもないはずなのに、なんだかやけに明るかったように思う。いまの日本社会が失っている一番大きなものが、この大らかさと明るさであるような気がした。




参照テクスト:優秀映画鑑賞推進事業プログラム一覧
https://www.omc.co.jp/film/program.html
by ヤマ

'19. 7.28. あたご劇場



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