『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(Banksy Does New York)['14]
監督 クリス・モーカーベル

 奇しくも先ごろ日本でもバンクシーの作品ではないかと注目された落書きのことが話題になっていたが、本作は、正真正銘、自ら一か月間毎日新作を展示すると公式サイトに示しつつ展開されたアート・プロジェクトをドキュメントした五年前の作品だ。“世界で最も有名な正体不明のアーティスト”だとのバンクシーのことを僕はろくに知らずにいたものだから、てっきりゲリラ的なグラフィティ作家だろうと思っていたのだが、実はそうではなくて、相当なスタッフワークに基づくアート・プロジェクト集団だったようだ。

 喧伝されるところの“正体不明”にしても、これだけの仕掛けを正体不明のまま実行できるはずもなく、文芸で言うところの覆面作家のようなものだと理解した。正体を世間一般に明かしていないだけで、出版社の編集担当者たちはその正体を知っている作家だというわけで、実のところ、著名な作家だったりすることが多いようだが、バンクシーもまたそうなのかもしれない。

 グラフィティに留まらずライブ・パフォーマンスも仕掛けていたことに驚いた。そして何より、バンクシーの企図に沿い乗って街を駆け回る人々の姿が面白かった。落書きは落書きだと騒ぎが大きくなる前に素早く消したがる人もいれば、こすっからく金儲けの種にしようとする者もいて、作者不在のままの売買対象になっていたりするところが何とも凄い。

 しかし最も驚いたのは、上映会場最前列に陣取って観ていた中年男性が、いわゆる大衆娯楽映画ではなくアート系と称されるドキュメンタリー映画を観ながら、レジ袋をガサガサと音立て続けながら、何かを食していたことだった。いまどき娯楽映画の上映会場でも、これほどレジ袋の音を立て続けながら映画を観る客に僕は出くわしたことがない。劇映画と違って、ずっとニューヨークの雑踏を映しているドキュメンタリーフィルムで字幕付きでもあるから、大きな支障があるわけではなかったけれども、いかにも映画を観馴れていないであろうこういう人物が観に来るくらい、バンクシーというのは、興味を惹く存在になっているのか、と心底驚いた。公式作品として期間中60ドルで売られていたものが、翌年の映画作品化段階にして既に25万ドルで取引されるに至っているとの過熱ぶりからすれば、アートに関心はなくとも、バンクシーに興味を寄せる人は少なからずいそうには思う。それにしても驚いた。
by ヤマ

'19. 3.17. 喫茶メフィストフェレス2Fシアター



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>