『友罪』
監督 瀬々敬久

 主要登場人物の誰も彼もが取り返しのつかない重荷を背負っていて、観ていて苦しい思いに苛まれた。タクシードライバーに転職していると思しき山内(佐藤浩市)の息子の正人(石田法嗣)が十年余り前に起こした交通事故での小学生殺傷や仕事に没頭するあまり家庭が疎かになってしまうことでの家族崩壊、たまたま自殺にまでは至らずとも何らかのイジメの場に居合わせることなどは、神戸連続児童殺傷事件の元少年Aを思わせる鈴木【青柳健太郎】(瑛太)や藤沢美代子(夏帆)のAV出演ほどに特異なことではなくて、誰の身に起こっても不思議なことではない。僕自身もその傍らを通り過ぎてきている自覚があるだけに、ここまでの重荷を背負わずに還暦を迎えるに至っていることの幸いに想い及ばずにはいられなかった。酔い潰れたまま布団に伏し「悔しい」と呟く中卒コンプレックスに苛まれている工員の清水(奥野瑛太)が抱えていたようなものも含め、自分は幸運だったと思わずにいられない。

 アダルトヴィデオに出演させた達也(忍成修吾)から逃げても逃げても執拗に追われていたと思しき美代子への鈴木の対し方のみならず、手指切断の大怪我を益田(生田斗真)が負ったときの清水を観ても、ろくでもないように思える人物の全てがダメなわけでは決してない。それどころか、人間の身体損傷ということに対して特異な鈍感さを有している鈴木の特性さえも、時と場合によっては良きことに結びついたりするわけだ。いささかの美点も描かれることのなかった達也や週刊雑誌の編集デスク(古舘寛治)においてさえ、それはやはりそうなのだろう。そういう矛盾を抱えているのが人間というものなのだと思う。

 そんななか、山内正人が青柳健太郎と同じ数の三人の幼子を死なせてしまった状況がほとんど伝えられないことに僕が少々不満を覚えていたことに対し、それは、達也の行っていた美代子の出演ヴィデオのDVDのばらまきとどのくらいの違いがあるのかといったことを思わせる作りになっていて、大いに痺れた。過去の犯罪者のその後を報じることにおいて、それが興味本位のものでしかないことは明白なのだから、AVと何ら変わるものではないわけだ。白日の下に晒し暴き立てるという点では、まさに相通じている。そういうものを駆逐できないのは人間の性からして致し方ない部分もあるけれども、AVが決して正義の名の下に頒布されたりはしないように、少なくとも社会正義を装って断じるような欺瞞は容認できないとの思いが、作り手にあるように感じられた。そして、過度に煽情を搔き立てる悪意を潜ませた記事は、達也のやっていた悪行と全く変わるところがないと言っているような気がした。

 正人の事件について敢えてほとんど描かなかったのはそれゆえであろうが、未成年の無免許運転事故が新聞などで報じられるなかでも、その悪質度はさまざまにあるように思う。だが、悪質であろうが過失であろうが、命が亡くなることにおいては同じで取り返しがつかない。正人に娘の命を奪われた父親(光石研)が山内の焼香訪問に対して発する「もう忘れたいんだよ」との言葉は遺族側にしか許されるものではないし、それとて「忘れようがない」ことの裏返しの表明でしかないのだが、事件や事故としての記憶は歴史として刻まれるべきものなれど、個別の断罪や糾弾をいつまでも続けることは、少なくとも被害者以外においては決して許されるべきことではないような気がした。

 そして、鈴木の「俺が自殺したらどう思う?」との問い掛けに対して少々唐突な感じとともに「悲しいに決まってるだろ」と返していた益田の言葉が、「勝手にすれば」との対照になっていたことにまた痺れた。「勝手にすれば」という言葉の意味する関係遮断ないしは無関心が重大な悔恨や重荷にならずに済むかどうかは、ことイジメ問題における自殺に限らず何事にも通じ得ることで、迂闊にできないことを迫られてくるところがあり、少々苦しかった。なかなか力のある作品だと思う。大したものだ。

 聞くところによると、佐藤浩市の演じた山内と富田靖子の演じた医療少年院の白石法務教官は、原作にない映画化作品での潤色なのだそうだ。さすれば尚更のこと、原作者にしても映画の作り手にしても、神戸の事件の少年Aを一般人とは隔絶した存在としての特殊性の元に語るのではなく、換言すれば「悪魔ではなく人間であること」を前提に、取り返しのつかない重荷を背負った存在として描きたかったのだろう。原作者のその意を汲んだゆえに、美代子のAVと益田のイジメだけでは地続き感に弱みが残るとして付加したのが瀬々敬久の脚本だったような気がしてならない。この二人を加えたことで、美代子や益田よりも更に“誰の身に起こっても不思議なことではない”感じが打ち出されるとともに、山内と白石を造形しないと添えられない「親」の部分を盛り込んだのだろう。とりわけ山内の部分は、家族の問題にまつわる義弟との論争の件も含めて本作の核となっているので、これが原作にないとなれば、映画化作品は原作とは全く別物と言ってもいいような気がした。




推薦テクスト:「映画通信」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1966806255&owner_id=1095496
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2018yucinemaindex.html#anchor002941
 
by ヤマ

'18. 6.10. TOHOシネマズ3



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