『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』(I,Tonya)
監督 クレイグ・ギレスピー

 ちょうど今、日本の学生アメリカン・フットボールの世界で、記録映像を観なければ俄かには信じ難いような余りに無分別な驚くべき事件が起こっているが、四半世紀前のアメリカの女子フィギュアスケートの世界でも同じくらい無分別で驚くほかない事件があったことは、僕の記憶のなかにも確かにある。

 伊藤みどりに次いで世界で二人目にトリプル・アクセルを成功させたトーニャ・ハーディングにまつわるこの事件の真相に限らず、世の中の諸々の出来事の真相は容易に判るものではなく、本作中のトーニャ(マーゴット・ロビー)が奇しくも語るように、各々の人の数だけの真実があって語られるとしたものだから、本作を観ても実際のところは判らない。そのことを作り手がよく承知しているからか、ありがちなドキュメンタリー映画としてではなく、明白に劇映画の形式を取りながらも、ドキュメンタリー映画と変わらぬ取材アプローチを重ねつつ、安易にこれが真実だとは語らない立ち位置を貫いていることに感心した。

 トーニャにとっての真実は、首謀者は元夫のジェフ(セバスチャン・スタン)であって、ジェフが言うようなショーン(ポール・ウォルター・ハウザー)の暴走ではないのだろう。だが、作り手はジェフの言を容れてか、妄想癖と虚言癖があったと思しきショーンの暴走に事件の実際があったと受け止めているような気がしたが、ジェフが二人の実行犯に逃走資金を送金している姿も折り込み、無関係ではないことを明示していた。

 また、襲撃はともかく脅しでライバルを動揺させる工作をトーニャが知っていたということに関しては、作り手もそれを前提とする立場にあるような気がした。だが、そういった事件の顛末より、僕が最も圧倒されたのは、トーニャがフィギュアスケーターとしては途轍もないハンディキャップを背負いながらも、奔放な私生活とハードトレーニングを並立させたうえで、間違いなく世界のトップレベルにまで至った事実のほうだった。彼女がもっと恵まれた環境下でスケートに精励することができていたら、さぞかし凄い選手になっていたに違いないと思った。母親ラヴォナ(アリソン・ジャネイ)が言っていたような、悪役を買って出てまでダメ出しで追い込まないと力の出ない子などではない気がしてならない。トーニャは激しく母親に反発心を抱いていたが、あれだけ強烈な個性に晒されて、影響を受けていないはずがない。

 劇中でジェフが証言していたように、彼によってトーニャは人生を台無しにされたわけだが、彼がトーニャの言うようなDV夫になったことについては、トーニャが“怪物”だと語る母親から教化されていたであろう攻撃性や罵り癖というものが、ジェフに伝播するなかで醸成されたことによるような気がしてならなかった。スケートに専念するための高校中退をしようとしていたトーニャを諫めるジェフの姿を描いていたのは、そういうことだったのではなかろうか。

 もうひとつ、刑罰と社会的制裁ということについて本作が提起していた視点が印象深かった。ナンシー・ケリガンが結果的にはオリンピックへの出場を果たし、銀メダルに輝いている事実が作用しているのかもしれないが、執行猶予を得ながらもスケート界からの永久追放を受けたことに対し、それは事実上の終身刑であって有期の実刑に服するほうが余程ましだとの悲痛な叫びには、一理あるような気がした。さりとて、しでかしたことの破格さは、結果の如何によらず帳消しの余地がないようにも思え、悩ましく感じた。日本の学生アメフトの今回の事件は、今後どのように展開していくのだろう。

 反則タックルを重ねて退場となった選手が単独会見を開き、監督・コーチからの指示であったことを己が犯した罪への真摯なる悔恨と謝罪と共に明言し、自らその“永久追放”を自身に課する表明をしたことに驚かされた。だが、それ以上に驚いたのは、この会見の後においてさえ、言い逃れに終始する監督と大学当局の体たらくだった。そしてそれを観ながら、これはモリカケ現象とも言うべき醜態だと思った。折しも愛媛県から加計学園側からの説明として、明々白々なる記録が公表されても言い逃れに終始している首相と官邸の姿が重なった。この一年余り繰り広げられてきた“厚顔無恥なる国会答弁が罷り通ってしまう異常事態”という御手本がなければ、日大も内田監督もここまで厚顔無恥なる態度は取れなかったのではないかとの思いが拭い難い。それほどに強い相同性が、政界とスポーツ界という異なる業界において見られるようになっていることに、暗澹たる思いが湧いた。

 それにしても、エンドロールで示された実際の関係者の画像には驚いた。トーニャ本人以外は、見た目も画面構成もそっくりの場面が本編にあったように思う。まったく畏れ入った。とりわけショーンとラヴォナを観て、呆気にとられた。

 
by ヤマ

'18. 5.20. TOHOシネマズ2



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