『スリー・ビルボード』(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)
監督 マーティン・マクドナー

 題名にもなっている“ミズーリー州エビングはずれにある三枚の立て看板”の広告の強烈さに一歩も引けを取らない実に強烈な物語だった。映画の前半を観ていて、ラストシーンを想像できる人は皆無に違いない。世の中には、善人も悪人もいない、いるのはただ人間だけ、というような作品だった気がする。

 激しく強い感情を持続させるだけのタフさを持ち合わせていない僕には、何とも畏れ入るしかないような強烈な人物像に呆気にとられながらも、「え?嘘でしょ」の連続のような作品にすっかり観入っていた。大変な力作だと思う。グイグイ引っ張っていく展開力とカリカチュアライズされた人物像の底にある普遍性には、本当に唸らされた。そして、とんでもないことばかり仕出かしている人々なのに、決して異常には見えてこない描出のパワフルさと周到さに、ほとほと感心した。

 膵臓癌で余命幾ばくもないウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)が部下の警官ディクソン(サム・ロックウェル)に遺した手紙で指摘していた“父親の死への怒り”には、おそらくはミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)が囚われている“娘の死に対する怒り”に通じるものがあって、不幸なことに黒人が関与していたのだろう。ましてや署長がミルドレッドに語っていたように「人種差別をしない警官など三人しかいない、しかもその三人はホモが大嫌いだ」というマッチョな土地柄の南部ミズーリーなのだ。だからといって、ディクソンの暴行が容認されるべき筋合いのものではないことは論を待たないが、デトロイトを観たときには想起できなかったデトロイト市警のフィルにも似たようなことが背景にあったのかもしれないと思った。また、ミルドレッドが、もし娘から車を貸してくれと頼まれ断わっていなかったら、あそこまで執拗に警察に矛先を向けたりはしなかったのではないかと、きちんと得心できるようにもしてくれていた。そういう周到な脚本の上に立っての驚きの展開だったように思う。見事なものだ。

 とりわけ印象深かったのが、ディクソンやミルドレッドだけでなく、人望厚きウィロビー署長さえ逃れられていなかった“人間の持つ独善性”というものが浮き彫りになっていることだった。ミルドレッドからすれば小娘くらいにしか思えなかった、元夫(ジョン・ホークス)の現パートナー(サマラ・ウィーヴィング)から嫌味なく諭された「怒りは怒りを来す」とのメッセージ以上のものが、そこにはあったように思う。怒りのほうは、怒りを来す以上に、荒みを来すというのが観ていての感じだ。

 ウィロビーは、若き妻アン(アビー・コーニッシュ)にもディクソンにもミルドレッドにも、伝えるべきことをきちんと伝える手筈を調えた周到さによって、自身の選択がとんでもない暴力事件を引き起こすことになるとは想像だにしていなかったはずだ。その突然の訃報に気絶してしまうほどに彼を慕っていたとはいえ、ディクソンの切れ方は、ウィロビーの想定を遙かに超えるものだったに違いない。おかげで広告屋のレッド(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)は、とんでもない災難を蒙っていた。また、彼が妻に残した手紙に書いてあったことの合理性にしても最後に求めた時間の過ごし方にしても、それを実行できるだけの胆力があれば自分もそうするのではないかと思うほどに僕自身は大いに共感を覚えたけれども、その合理性を妻が支持するとは限らず、むしろ傷つけてしまいかねないことでもあるわけだ。

 しかし、ウィロビーの選択と手紙がなければ、ディクソンがオレンジジュースに涙する顛末は起こらなかったわけで、ディクソンの改心にウィロビーの手紙以上の決定打を与えたのがレッドだと思っている僕は、ウィロビーの独善性が悪事をなしたわけでは決してないことをまさにレッドが示しているように感じて、大いに痺れた。

 けっきょく真犯人は誰なのか、アイダホでは何が起こるのか、作中で明示されていないだけに、あれこれ解しようがあって、観た人の意見を訊いてみたくなる作品でもあった。僕自身の答えとしては、ウィロビーの見込んだ捜査能力の高さを発揮したディクソンが見込んだとおりのものだ。敢えてミルドレッドを脅しに来る執拗さは、それゆえにとも、真犯人ではないからこそ、とも言えるのだが、真犯人不明のままでは気持ちが悪いから僕は前者に立つことにした。そのうえで、DNAが一致しないとの知らせを黒人の後任署長アバークロンビー(クラーク・ピーターズ)にもたらしたのは、戦場後遺症が露見することを恐れた政府の隠蔽工作だと解するほうが救いの乏しき現世の過酷さが際立つように思う。

 アイダホでは何が起こるかについては、それはもうきっちりとぶちのめしたうえで、代金7ドルを取り立てて殺さずに帰ってくるに違いない。ともに「あんまり…」と零しながら顔を見合わせ笑みを漏らしていたのは、そういうことなのだろう。ミルドレッドからの犯行告白に激することなく「他の誰がやるんだよ」と返していたディクソンにしても、念入りに電話を掛けて無人を確認したうえで及んだ犯行が思わぬ事態を引き起こしながらも、大きな借りを作ってしまったミルドレッドにしても、真犯人との確証が得られていないどころか反証が返ってきているなかで、これまでのような激し方や切れ方はしなくなっているに違いないからだ。途轍もない試練の果てに“怒りがもたらした荒み”から抜け出したであろう二人が、それでも果たすべき制裁は果たしに行こうとする姿に、颯爽としたものを感じないではいられなかった。

 それにしても、二度目の5000ドルの顛末には恐れ入った。さすがにそれはないだろうと思うのだが、それがなければ、ミルドレッドの過激な犯行も起こりようがなくなるので作劇的には致し方あるまいと思うと同時に、でもウィルビーならあり得るかもとも思わせてくれたウディ・ハレルソンの好演を讃えたい。




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推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
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by ヤマ

'18. 2.11. TOHOシネマズ4



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