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『ファミレス』を読んで | |||||
重松清 著 <日本経済新聞出版社 単行本>
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六年前に観た『恋妻家宮本』の原作小説のつもりで読み始めたが、こんな話だっけと狼狽えて、映画化作品のキャストを確認してみたら「男の料理」仲間の武内一博も小川康文も、エリカ先生もひなたもコージーも出演しておらず、些か面食らった。 だが、映画化作品の日誌に「まさにファミレス料理のような味付けだ。だが、ファミレスの料理が決してまずいわけではないように、本作も不味いのではない。むしろ、…真面目ないい映画だったように思う。」と記したテイストは、まさしく原作小説も同じで、映画化作品の割愛と補充による脚色の大胆さに大いに感心させられた。 趣味の映画でもそうであるように自分が作ることにまるで関心がなくて専ら食することだけ好む僕には、原作小説は料理の作り方に係る話がくどくど出てくるのが煩わしくて読み進める気がしばしば萎えるほどで、細切れに読み継いで読了までに時間が掛かったが、そこが小説の売りの部分の一つでもあったのだろうことが推測された。 とはいえ「そもそもは悪口だったはずの「こだわり」が褒め言葉になっていった歴史を、当事者として生きてきた世代である」(P12)といったフレーズに出会うと、十年近く前に『あなたを抱き締める日まで』の映画日誌に「かつては、こだわりなど持たないほど人間の器が大きくて徳があるよう見られていた気がするのに、近ごろは、こだわりを持っていることのほうが立派だと思われていたり、簡単に赦したりはしない厳しさが甘い人間よりも上等だと思われていたり、クレームなどというものは余程の場合だったはずが、品質向上を口実にどんどんすべきことのように言われたり、何だか違和感を覚えて仕方がない。 人生に対する“修業”などという感覚も廃れてきていて、人生とは、他者との交渉や駆け引きで渡っていくものであって、自らが修業するようなものではないというか、そういうふうには考えたこともないような人々が世に出て、公人として暴言を吐いているような気がしてならない昨今だ。」などと綴っている僕からすれば、大いに親近感の湧くところであり、メインキャラクターの宮本陽平とは結婚事情も同じだったりする。 それもあってか、オガ【小川康文】の言う「ミヤちゃん、俺は思うんだけどな、若気の至りっていうか、『やっちまったなあ、まいったなあ』っていう失敗を許してくれない世の中ってのは、ずいぶんキツいよな…若いうちに失敗ぐらいさせてやれって…笑って振り返ることのできる後悔は人間の器をでっかくしてくれるけど、取り返しのつかない後悔ってのは、絶望しか生まないからなあ…」(P160)が殊更に響いてきた。ちょうど十年前に刊行された小説だ。 | |||||
by ヤマ '23. 6.12. 日本経済新聞出版社 単行本 | |||||
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