平成28年度優秀映画鑑賞推進事業 Pプログラム
文化庁・東京国立近代美術館フィルムセンター
『戦争と平和』['47]東宝 演出 山本薩夫、亀井文夫
『安城家の舞踏会』['47]松竹 監督 吉村公三郎
『蜂の巣の子供たち』['48]蜂の巣映画部 監督 清水宏
『帰郷』['50]松竹 監督 大庭秀雄

 連合国軍という名目での米軍占領下にあった戦後間もない時期のなかの'47年~'50年の間に作られた今回の四作品を観るだに、映画というものが時代を映し出すものであることが身に沁みるとともに、いずれの映画にも戦禍の残した痕跡の描出が共通している点において、今の時代に再見することの意義を強く感じた。

 敗戦からわずか二年後の『戦争と平和』と『安城家の舞踏会』の二作品では、同じく戦禍の残した傷跡と言っても、平民と華族においては同じ戦後でもこれだけ次元が違うのかとの失意と困窮レベルの差異が圧巻で、当時の日本社会がいかに不平等で、格差が大きかったかを如実に物語っていた気がする。フィルムセンターの資料によれば、両作が同年のキネ旬の1位2位作品とのことで、敗戦で爵位を奪われることになって没落する華族を描いた『安城家の舞踏会』のほうが上位にあることに複雑な思いを抱いた。だが、第三者的に眺めると、とても比較にならない次元の違いであっても、当人たちにとっては厳しく辛い戦後という点に変わりがなさそうであるところが実に痛烈なカップリングだと改めて思った。

 '40年代の三作品はいずれも、新たな命の誕生『戦争と平和』)、爵位を捨てての夜明けの始まり『安城家の舞踏会』)、大勢の仲間たちの出迎え『蜂の巣の子供たち』)、と明日への希望を示すエンディングとなっていたが、描かれている状況そのものは、戦後の過酷な生活環境であり、かなり暗い話だったように思う。それなのに、閉塞感とは真逆のエネルギーというか生命感が宿っていることが、現代作品との対照をなしているようで感慨深かった。

 とりわけ実際の戦災孤児を使い、オープニングには「この子たちを御存じの方はいませんか」といった字幕の出る『蜂の巣の子供たち』が捉えていた“活き活きとした子供たちの姿”が圧巻だった。録音が悪くて音声が非常に聴き取りづらいのと、音楽が鳴り通しでうるさいのが難点だったが、映像的には最もインパクトがあったような気がする。また、復員兵が蔑称で呼ばれ、きちんとした職に就けないでいる姿が描かれていた点が目を惹いた。思えば、『戦争と平和』で帰還した兵士の小柴健一(伊豆肇)は既に戦死とされていて先に復員した幼馴染の戦友である伍東康吉(池部良)に夫と父親の位置を奪われ、居場所を失っていたし、『帰郷』の元海軍軍人の守屋恭吾(佐分利信)も同様に、帰国しても居場所がなく、妻子に再会することの叶わぬ身として登場していた。

 '50年の『帰郷』のエンディングのほうは、希望が示されていたとは言い難いが、それでも、登場人物各人の持っていた蟠りのほぐれと言うか解放は観られたように思う。こうした戦後作品では、本作の憲兵曹長から新聞記者に転身した男(三井弘次)や『戦争と平和』での軍人あがりのキャバレーの経営者(菅井一郎)のような時流に即した処世に長けた人物の登場が重要な意味を持っている気がする。松竹作品の『安城家の舞踏会』の新川竜三郎(清水将夫)もまた、ある種そういう側の人物として登場していたように思うが、当時の作品群においては、少なくとも彼らを“勝ち組”などと称揚するような眼差しはなかったように思う。七十年前の作品群を観ていて、今の日本人のメンタリティと大きく違うものとして感じられる一番の特長のような気がした。

 そのなかにあって、戦後の成功者として登場しながらも作り手から批判的な視線を向けられていなかった安城家の元運転手である遠山庫吉(神田隆)の存在は、彼が戦後もなお嘗ての主家のお嬢様である安城昭子(逢初夢子)への思慕と憧憬を持ち続けていたことを含めて、興味深いものになっていた気がする。主役とも言うべき安城敦子(原節子)以上に、ある意味、戦後日本を表象している重要な人物だったように思う。そのような意味では、東宝作品の『戦争と平和』などは、実に現実感に乏しい人物造形ながら、強い志の感じられる作品で、戦後間もない時期の日本共産党のエッセンスを表出しているような映画だという気がした。

 戦争そのものの悲惨を描く作品もさることながら、戦禍の残した傷跡を描いた四作品をこうして観る機会が得られたことは、非常に意義深いと思う。本年度の25プログラムのなかから今年Pプログラムをセレクトした慧眼に敬意を表したい。






プログラム一覧:「優秀映画鑑賞推進事業HP」より
http://www.omc.co.jp/film/program.html
by ヤマ

'16.11. 5. あたご劇場



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>