『あの日のように抱きしめて』(Phoenix)
監督 クリスティアン・ペッツォルト

ヤマのMixi日記 2016年11月26日22:02

 三年余り前に観た前作『東ベルリンから来た女』の鑑賞メモにも「動機付けが何なのか釈然としない気持ちが残った」などと記していた僕は、脚本・監督を担ったクリスティアン・ペッツォルトと相性が良くないようだ。

 本作も夫ジョニー(ロナルト・ツェアフェルト)に執着するネリー(ニーナ・ホス)はまだしも、彼女を新たに建国するイスラエルに移住させることが叶わず自殺してしまうレネ(ニーナ・クンツェンドルフ)にしても、妻を装わせて遺産相続をさせようとしている女から誘われても手を出そうとしないジョニーにしても、人物像が不可解過ぎて、物語があまり響いて来なかった。

 そのせいか、原題の「不死鳥」というのも全くピンと来ない。どうしたところで取り戻しようのない過去への囚われから脱して再生をってな意味だとしたら、ドラマの抱えていたものに対して浅薄に過ぎるタイトルのように感じられるし、ネリーにそういう不死鳥のイメージが付与されていたようにも思えなかった。残念。


コメント談義:2016年11月27日 20:41~2016年12月04日 08:53

(TAOさん)
 ジョニーの心理はほんと謎でした(笑)。
 本人はいっぱしの小悪党を気取っていますが、女がだんだん妻そっくりになってくるのが怖くて、手を出すどころじゃないほどに、妻を密告した罪の重さに喘いでいたんじゃないでしょうか。とにかく作り手はきっと「めまい」がやりたかったんだろうなと思いました。
 http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=3700229&id=1945336924

 レネも不可解ですよねえ。
 ただ、夫にしてもレネにしても最初はネリーの上に君臨していたのが、だんだんパワーバランスが変わっていって、最初はボロボロだったネリーが意外にしぶとく、最後には強靱さを見せつけるでしょう? 収容所ですっかり奪われたと思えた自尊心が鮮やかに復活するあのラストは不死鳥と言ってもいいんじゃないかなと思いました。むしろ邦題はミスリード過ぎる気が・・・。


ヤマ(管理人)
◎ようこそ、TAOさん、

 拝読しました。なるほど『めまい』ですか。
 転落したジュディのような形では失わずとも、あれほど気づいて欲しげだったネリーの意を汲めなかったジョニーは、スコティ同様に、永遠にネリーと彼女の相続資産を逃してしまうんでしょうね。

 殺されたはずと思い込んでいる妻に似てくると、気が引けて手出しできない小物では、仕立て上げた女性が遺産相続を果たせたとして、それを彼女から巻き上げることが果たしてできたんでしょうかねぇ。手出しして手懐けておくというのは、遺産横領計画の肝心要の部分だという気がしてなりません。どう転んだところで、ジョニーに相続権が生じることはないわけですから。
 それとも、彼女が遺産相続を果たした後に殺害して、夫たる自分が相続権を得ようという魂胆だったのでしょうか。とてもじゃないけど、そんな大悪党の器ではありませんでしたね(笑)。

 レネも、ネリーの相続遺産を当てにしていて、それが不意になってしまうと死を選ぶしかない苦境に実は追い込まれていたのだったりするのでしょうかね?(笑) まったく謎です。

 原題の不死鳥の件は納得です。キーワードとしての「自尊心」か、お見事!(拍手)
 なんじゃこれ?感が強くて、目が曇っていたようです、僕。確かにそのように描かれてますね。っていうか、主題そのもの。だから原題がそうなっているわけで(たは)。おっしゃるとおり、邦題のミスリードに嵌ったようです(とほ)。


(TAOさん)
 『めまい』のほかに、記憶喪失の夫の愛を取り戻そうと苦労する妻ってことでは、『心の旅路』も入ってますね。この監督は古いアメリカ映画が好きなんでしょう。

 ジョニーは記憶喪失ではないけれど、自分の命が惜しさに妻を密告したことで、自尊心を喪失していて、どうせオレは悪党なんだぜと、新たな再生を図るために遺産相続を思いついたんじゃないかな。そもそもネリーと会わなかったら、その計画はなかったんじゃないでしょうか。悪ぶっているわりには、亡き妻を偲んでの甘ちゃんな計画なんですよ、きっと。

 レネが死んだのもお金の問題じゃない気がします。彼女もきっと自尊心が傷ついていて、ネリーと共にドイツを捨てて、新しくできる国に行くことで再生を期していたんでしょうねえ。ところが、ネリーがいつまでも過去にこだわっていて、あろうことか裏切り者の夫に執着しているのにイライラしてる。それでも、生きている間ネリーにジョニーが裏切った証拠を突きつけなかったのは、そんなことをしたらネリーの心が壊れると知っていたからじゃないでしょうか。もしかすると、親友以上の想いもあったかも。

 だからこそ、ネリーはレネの死で目が醒めて自尊心を取り戻せたのかなとも思えます。下手したら自尊心をなくしたまま、別人のふりをしてジョニーと再び元の鞘に収まろうとしたかも。そう考えると、『心の旅路』がブラックジョークに思えますね。


ヤマ(管理人)
 なるほどー、と思いつつも、もはや解釈を越えて〇想の域にある気もしますが(笑)、そのように映ってくると“自尊心”というキーワードで括れますね。

 しかしなぁ、死ぬなよ、レネ(笑)。
 独りでも建国に向けて旅立てよ!っていうか、自尊心、虚弱すぎ。現代人みたいじゃんか(笑)。それなら、お金で死んだ(と言っても大金逃した失意ってのではなく、調達できなくての窮地ですが)というほうが、まだしもな気がしますけど(たは)。

 ジョニーが喪失した自尊心の取戻しを図って悪党ぶったというのは、成程成程です。でも、板に付いてないから、取り戻せるはずもなく、却ってネリーの腕の刺青と歌声に直面して撃沈することになるわけですね。でも、あれ、亡き妻を偲んでかなぁ、単なるビビりのような気が(笑)。

 それはともかく、『心の旅路』のポーラの辛抱強さをネリーに重ねるとは、お見事。そう言われてしまうと、「何故に名乗り出ない!」という突っ込みも封じられちゃうなぁ(笑)。


(TAOさん)
 はは、脚本が緻密じゃないだけに、いくらでも妄想の余地がありますからねえ。

 映画の最初のほうで、女の子2人組が「NIGHT&DAY」を歌うでしょう。
There's an oh, such a hungry yearning, burning inside of me.
And this torment won't be through,
Till you let me spend my life,
Making love to you,
Day and night, night and day.
 これはてっきりネリーの想いだとばかり思っていましたが、レネのネリーへの想いの伏線なのかもしれないなあなんて。

 ところで『心の旅路』のヒロインの名はポーラでしたか。ヤマさん、よく覚えてますねえ~。今にして思うと、あの辛抱強さは献身ではなく、女の意地ですよー。妻としてという既成事実に頼るのではなく、女として、ゼロから愛情を勝ち取らないと収まらない。じつはけっこう怖い女なんじゃないかという気がします(笑)。

 ジョニーはまさにビビリですねえ。妻に似た女を見下して、支配したかっただけなのかなあ(笑)。轟沈するまえに、ネリーの魅力に本気で囚われそうになって、逆ギレしてましたよねえ。だから女の好みは一貫して変わってないんだと思いますよ。亡き妻を偲ぶほどの殊勝さはないかもしれないけれど(笑)。


ヤマ(管理人)
 なるほど。ネリーのジョニーへの想いだけでなく、レネのネリーへの秘めたる想いでもあると。つまり、きちんと伏線は張られているわけだし、そう観るほうがネリーのジョニーに届かぬ期待と、レネのネリーに届かぬ期待という対照が効いてくるってことですね。

 レネは、死を選ぶけれども、収容所を生き延びた不死鳥ネリーは、ジョニーから飛び立つわけです。レネもネリーも辛抱強く待っていた“相手からの気付き”には恵まれないものの、選ぶ道は異なりますが、『心の旅路』のポーラは、最後に願いをかなえるわけですね~。三者三様。
 じっと待つのではなく、名を変えたまま愛情を勝ち取りに行くだけの意地のあるなしが分かれ目ですか。確かにその点、レネもネリーも、妙に誇り高く待ち受け姿勢を崩してませんでしたね(笑)。

 それでも、ネリーが自尊心の取戻しを果たし得たのは、喪失したものが心の部分だけではなく外形でもあったため、部分的であれ、リカバリーというものを実感として得られるプロセスを経ることができたのが大きいかもしれませんね。より酷い失い方、奪われ方をした分、逆にチャンスを得られたという観方もできそうですな。

 なんだ、いろいろ語れるだけのものを持った作品じゃないですか!存外(笑)。「なんじゃ、これ」って思ったんだけどなぁ(笑)。


(TAOさん)
 喪失したものが心の部分だけではなく外形でもあったため、
 そうそう、彼女は”顔”をなくしたんですものね。

 より酷い失い方、奪われ方をした分、逆にチャンスを得られたという観方もできそうですな。
 たしかにそのとおり。「存外」語れる作品なんですよ(笑)。
 私もラストの鮮やかさだけを印象に留めていただけだったので、ヤマさんの「なんじゃ、これ」のおかげでいろいろ妄想できて楽しかったです!


ヤマ(管理人)
 おかげで大いに楽しませていただきました(礼)。
 FBコメントに映画は観てナンボのもので、価値は受け手側が生み出すものですよ。真珠だって小判だって豚や猫には価値がないだろうし、何でもない石が愛好者には貴石となるようにねなどと書き込んでいた僕ですが、本作にしても、観ていたからこそ、こうして語り合うことができるんですものねー。

編集採録 by ヤマ

'16.11.26. 喫茶メフィストフェレス2Fホール



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