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『アレクサンドリア』(Agora)['09] | |||||
監督 アレハンドロ・アメナーバル
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紀元四世紀のエジプトにおける狂信と不寛容の怖さを描いた作品で、五年前の公開当時よりもいま観るほうがアクチュアリティが確実に増しているように感じられるところに考え込まされた。 古代エジプトのヘレニズム宗教を駆逐するために、ユダヤ教徒と野合して、キリスト教とユダヤ教しか認めないとした後、ユダヤ教も排していったローマ帝国のキリスト教勢力による暴力的な覇権争いが、世俗権力(政治)と宗教権力(教会)と権威(学者)の離合集散と群集動員によるものであることは、紀元二十一世紀になった今も構造的に何ら変わるものではないことに遣り切れない思いが湧いた。 レイチェル・ワイズの演じた“権威に向かわず真理を希求する哲学者”ヒュパティアの凛とした姿と悲壮な最期が印象深いが、主題的に最も重要なのは、奴隷ダオス(マックス・ミンゲラ)の存在だったように思う。 女性哲学者の講義の助手として教室に同席するなかで、彼女の教え子たちの誰よりも学問的才能を見せつつも、奴隷ゆえに学者にはなれず、奴隷の身を解放されてからはキリスト教の修道僧兵となり、キリスト者となりながらも教会権力の行うことや僧兵の狼藉に新米キリスト者として違和感を覚えつつある姿が目を惹いた。 アレクサンドリアの有力者の息子であり且つ秀才という恵まれた境遇にあるオレステス(オスカー・アイザック)からのヒュパティアへの求婚に動揺し、憧れの女性の非婚をキリスト教の神にダオスが祈願して奇しくも叶ったことや、キリスト者の襲撃によってアレクサンドリア図書館の書籍が危機に瀕したときに浴びたヒュパティアからの侮蔑的な罵りがなければ、彼がキリスト者になることはなかったような気がする。どこにも置き場のなくなった心を火渡りの奇跡を演じて見せていたアンモニオス(アシュラフ・バルフム)を介してキリスト教に求めた姿に普遍性が込められていたように思う。 ヒュパティアの教え子のうちの二人の秀才であるオレステスとシュネシオス(ルパート・エヴァンス)の人物造形がまた、なかなか興味深かった。師たる女性への想いを意外なほどにピュアに抱き続けたオレステスに対し、狡猾極まりないキュレネ主教になっていたシュネシオスの対照が、なかなか効いていたように思う。学問に秀でるなかでこうなってくる権謀術数に長けた“利口な”人物は、必ず現れてくるとしたものだ。 アレクサンドル総主教キュリロス(サミ・サミール)の追い落としのために、かつての師も学友も利用することについて冷徹だったシュネシオスが、自分の手を汚さずに野望を遂げそうに思えたエンディングに少々後味が悪かったが、ヒュパティアの悲劇的最期を際立たせるうえでは、生き延びたところで全てを奪われる予感を醸し出すために必要だったのかもしれない。哲学が追いやられ、宗教や世俗権力ばかりが幅を利かせる社会になることの悲劇性と醜悪さがなかなかよく描かれていたように思う。まさに今世紀の世界を覆い始めた状況と重なってきているように感じた。 ちょうど三日ほど前に観たばかりの『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』の映画日誌に「妙な威勢のよさに乗せられて国政の行方を預けるとろくなことにならないのは、EU離脱に係るイギリスでの先頃の国民投票結果の招いている混乱に観るまでもなく、古今東西の常なのだが、わが国も含めて一向に改まらないばかりか、近ごろは世界規模で反知性主義が蔓延してしまって民度の劣化が著しいように感じられてならない。人々が本を読まなくなったこと、政治体制の別なく「金がすべて」の世の中になってきていること、そのツケというかしっぺ返しがとんでもない形で現れることが僕の子や孫の時代に起こらないよう願ってきたけれども、最近は子や孫の時代と言ってられなくなったような怖さを感じている」と記したばかりだったので、ヒュパティアが必死で焚書から守ろうとしていたアレクサンドリア図書館の所蔵書籍という叡智の結晶がいとも簡単に脅かされる状況や、タリバンによるバーミヤン遺跡の破壊を想起させるキリスト教徒によるセラピス神像の破壊の場面を観ながら、千六百年余り前の物語が遠い遠い遥か昔の出来事のようには思えない気がして仕方なかった。 アレクサンドリアの支配者層が最初にキリスト者たちの横暴に対して、安易に武力に訴える形で手出しをした際に、大挙して押し寄せるキリスト者の反撃に驚愕しつつ、いつの間にキリスト者がこれほど増えたのかと狼狽する場面があったが、いま欧米のキリスト教国及びその同盟国が先のアルカイダや今のISなどに感じているものと重なってくるものがあって、大いに感心した。言うまでもなく、キーワードは“格差と貧困”に違いない。 推薦テクスト:「TAOさんmixi」より http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1702989727&owner_id=3700229 | |||||
by ヤマ '16. 7.17. BSプレミアム録画 | |||||
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