『私の少女』(A Girl At My Door)
監督 チョン・ジュリ

ヤマのMixi日記 2015年09月11日23:41

 やっぱりキム・セロンは凄いなぁ。冬の小鳥も感心したけど、本作でも見事だった。田舎の派出所の所長に飛ばされた若き女性警視ヨンナム(ペ・ドゥナ)から「おばあちゃんは?」と訊かれて、黙って見開いたまま流したドヒの涙と、最後の場面で「来る?私と」と掛けられた言葉に溢れさせる涙の対照が絶妙だった。

 前者には、言葉にできない万感の想いを語って得られる効果に対する計算の影が宿り、後者には、同じく言葉にできない万感の想いを、何らの計算の影なく溢れさせていることが、観ているほうが「今度の涙は違う」とくっきりと感じ取れる演技を果たしていた気がする。

 これで、ドヒは怪物にならずに済むに違いないと思わせてくれるエンディングにそう来たかと思わず唸らされただけに、部下の若い警官の言葉に「忘れ物がある」と、このまま別れるとドヒを怪物にしてしまうことへの気づきを得て引き返すだけの明晰さを備えているヨンナムが、あの状況でドヒを彼女の継父ヨンハ(ソン・セビョク)のもとに返すはずがないじゃないかと、無理筋の展開への蟠りが残って気分がモヤモヤした。


コメント談義:2015年09月12日 8:41~2015年09月12日 21:24

(TAOさん)
 セロンちゃんの演技、さすがですよねー。
 一度オファーを断ったのを監督がどうしてもというので
 ようやく引き受けたのですって。

 ヤマさんのモヤモヤ、わかります(笑)。
 この映画、ジェンダーを変えているところが時流に合っていますけど、
 基本は古風な西部劇とか
 運命の女に振り回されるハードボイルドなんじゃないでしょうか。

ヤマ(管理人)
 ◎ようこそ、TAOさん、

 そうですか、断ったのでしたか。
 アジョシに引き続いてまた、って感じの役どころになるからなんでしょうね。
 賢明な判断だった気がしますが、監督に熱望されると
 プロデューサーの後押しもあることでしょうから、断れなくなるでしょうね(笑)。

 僕のモヤモヤ、わかってくださいましたか(笑礼)。
 同性愛事件で左遷された若きエリート女性警察官僚というのは、
 かなり拘りの設定のように見受けられましたね。
 でも僕は、「振り回され」よりは「選択的意思」のほうをヨンナムに感じていたので、
 古風な西部劇やハードボイルドを想起しませんでした。
 言われてみれば、そういう映り方も確かにありそうですね。
 ある意味、そこが脚本的な弱さのような気がします。なるほどなぁ。




推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/15110803/
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=3700229&id=1941954052
推薦テクスト:「眺めのいい部屋」より
http://blog.goo.ne.jp/muma_may/e/48598f5b9b52afd655a03384e488b26e
編集採録 by ヤマ

'15. 9.11. 美術館ホール



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>