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美術館春の定期上映会“台湾映画の新旋風―ウェイ・ダーション監督特集”
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午前中に観た『海角七号/君想う、国境の南』は、120分を切っていたら、2ランクアップしそうな作品だった。随所に笑える小ネタが盛り込まれ、大らかと言うか出鱈目と言うか、台湾人の気質というものがよく窺えるように感じられる作品で、誰も彼もが思わぬ縁で繋がっている小さな島国らしさも色濃く出ていたように思う。 80歳の郵便配達夫が日本語でシューベルトの「のばら」を口ずさんでいたコスモポリタンな感じがなんだかとても鮮烈で、オープニングの世界共通仕様の都会風景が決してコスモポリタニズムを感じさせずに、民族的個性を奪う画一化を思わせるのと対照的だった。 どこに違いがあるのだろうと考えてみるに、都会風景を作り出している画一性の背後に窺えるのが経済性や効率性といったものであることに比して、老人の口ずさむ歌のほうには数字や勘定の影が全く差していないことが作用しているような気がした。ドイツの詩人ゲーテの作品にオーストリア生まれのシューベルトが曲をつけた歌を台湾人が日本語で歌っている。そこには数学的に導かれる答えのような収束とは対照的な膨らみと広がりがあって、しかも本作の隠れ主題とも言うべき“心に刺さった棘”を偲ばせる重層性が、作品観賞後に文学的に染み渡ってくるわけで、まさに画一性とは相反していると思った。 失われつつある物語としての引揚船ということでは、四年前に観た劇団M.O.P.公演『さらば八月のうた』のモチーフにもなっていた氷川丸のほうは知っていたが、高砂丸というのは知らなかった。映画のタイトルが今はなくなった60年前の住所地番であることを知らされて思ったのは、我々がなくしつつあるものは地番に限らないという作り手の視座が『海角七號』というタイトルに込められているに違いないということだった。 台湾女性の名前が小島友子だったのは、日本が朝鮮民族に対して行った創氏改名と同じものなのだろうか。台湾と韓国では受け止められ方が随分違うように思われるのは、導入過程に差があって、強制の度合が後年の朝鮮では比較にならなかったということなのだろう。制度的に実施すると当初とは違って強権化してくるのは、今の時代でも同じで、十三年前の国歌国旗の法制化当時と今とでは、その扱われ方が全く異なっていることにも通じている気がした。 北京語と台湾語と日本語が出てきていたが、台湾語には「・」を字幕につけてくれていたおかげで、台湾では若者を中心に、もはや言葉の主流は北京語のほうになっていることが窺えた。名前にしろ、言葉にしろ、台湾の国としてのアイデンティティは、外省人の多い歴史のなかで、どのあたりにあるのだろう? 民族と国の問題を小さな島のなかで収めるには、本作において台湾人の気質のようにして窺えた、ある種のなあなあ気分と言うか“大らかさ”は必須なのだろうとも思った。 午後から観た『セデック・バレ』は、前作にも窺えた“知られざる記憶”についての物語を、民族的規模で、圧倒的な画面によって描き出していた。笑いとか大らかさといった“神去なあなあ日常”的なものが消え失せ、敬虔とさえ言えるようなシリアスさに彩られた出色の作品だったように思う。 とりわけ感心したのが、セデック族と日本人に対して作り手の取っているスタンスのバランス感覚の確かさだった。脚本・監督を担ったウェイ・ダーションがセデック族でも日本人でもないからこそ果たし得たものだという気がしたのだが、その双方に寄せたコミットの深さにも同時に感心させられたように思う。台湾山岳部の首狩り族については何かで見聞したことがあったが、霧社事件のことは何も知らなかった。先住民制圧の手法や過程というのは、アメリカでの場合に限らず古今東西全く同じなのだなと改めて思った。そして、軍隊というものの本質が鋭く捉えられていたような気がする。 本作において、国家の組織する軍隊と対照させる形で浮き彫りにされていたのが部族における戦士だったように思う。訓練により遂行が期待される職務としての兵士と、部族と個人の誇りを懸けた命の営みとしての戦士とでは、本作に描かれたように確かに全く違って映るのだが、闘いそのものをアイデンティティとしている戦士というものに対して、ある種の崇高さは感じつつも、容認しがたい違和感を覚えたのは、よほど僕が戦闘嫌いということなのかもしれない。若い頃は今より遥かにアグレッシヴで、賭け事も好み、好戦的との自覚すらあったのだが、命を懸けた戦い、それもメンツや誇りといった“生存に係る実用性とは無縁の観念性”に囚われてフィジカルなリスクを負うことの無意味さは、個人であれ、部族であれ、国家であれ、同じではないかと思うようになってきている。誇りや矜持といったのものの発現は、もっと違う形で果たされなければならないものだという気がしてならない。 とはいえ、本作において捉えられていたセデック族の男たちの面構えには観惚れた。とりわけ壮年期のモーナ・ルダオを演じたリン・チンタイの風格と威厳のある容貌と表情が素晴らしかった。また、彼岸を“虹を渡る”とイメージしている感じに心惹かれるものがあった。虹の彼方とかオーバー・ザ・レインボウといった言葉には西洋的なものが付きまとっているように思うのだが、これもまた人間の感性として、ある種の普遍性を以てイメージされることなのだろう。この世のものとは思い難い儚い美しさを象徴的に現出しているものであるのは間違いない。それだけに、息子モーナ・タダオの血気を制止していたはずのモーナ・ルダオが決起に至った直接の契機が部族長自ら詫びを入れに来たことを軽く扱われた侮辱にあるような展開のなかで、日本軍の沖縄戦に三十年先立つ霧社事件において女子供の“集団自決”が描かれていたことに戦慄した。 伝えられる沖縄戦での集団自決が軍部による強制的なものだったのか、軍属などが扇動したことだったのか、はともかく、集団行為である以上、少なくとも純粋に自発的なものだとはイメージしにくいところがかねてよりあったのだが、本作に描かれたマヘボの婦女子の集団自決は、夫や息子たちの戦いの足を引っ張らないよう彼らの心の紛れを断ち食糧不足を軽減するための自発的行為として捉えられていたように思う。本当にそれが真実の姿だったのかどうかはともかく、ここでもまたそのような捉え方がされていることに、僕は戦慄を覚えたような気がしている。 1895年の下関条約で割譲された台湾の日本支配から三十年余りを経た時点での霧社事件における集団自決が、三十年後の日本で沖縄戦において再現されたことの因縁を作り手が意識していたかどうかは測り兼ねるが、日清戦争については、それを歴史の教科のなかで教えられた十代の時分に、当時存命だった祖母から戦争の始まったときには既に生まれていたとたまたま知らされ、強い感慨を抱いた覚えがあるだけに、とても心に残った。 参照テクスト:高知県立美術館公式ページ 推薦テクスト:「チネチッタ高知」より http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/14060102/ 推薦テクスト 第1部 太陽旗、 推薦テクスト 第2部 虹の橋:「ケイケイの映画日記」より http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1901598344&owner_id=1095496 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1901755172&owner_id=1095496 | ||||||||
by ヤマ '14. 5.18. 美術館ホール | ||||||||
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