『往きて還らず』を読んで
団鬼六 著<新潮社 単行本>


 名高い花と蛇の作者として斯界の大家とされながらも、自身にSM趣味はないと語っていたように思う韜晦趣味に満ちた、今は亡き団鬼六が平成の時代に入ると、どういうわけか、特攻隊に関する文献や小説が数多く出版されるようになり、特攻隊を主眼にした映画などが数多く製作されるようになった。 若い特攻隊員が一身を国に捧げて的歓待に体当たりするという悲壮な愛国心がテーマになっており、その束の間の幸せとして軍国乙女との淡いロマンスを添える、といった筋立てが多かった(P14)と記す、彼が七十九歳で没する二年前の二〇〇九年に刊行された表題作とその後日譚を収めた作品集だ。

 語り手たる私の父親が、薩摩半島側の陸軍の特攻隊基地である知覧と並ぶ大隅半島側の海軍特攻隊基地である鹿屋航空基地(P8)で知り合った滝川大尉という一機をもって一艦を撃沈するなど、そんな事、出来るわけがない、特攻など考えついた奴が馬鹿なんだ(P15)と周囲の者に放言し、父にこの戦争に日本が勝てると思うのか(P33)と語り、もう鹿屋はうんざりしたろう。早く故郷に帰りたくないか(P32)と話したという“女たらしの軟弱な不良特攻隊員”P18)が、なぜ特攻志願をしたかを追う筋立ての物語を読んで、見習士官の少年飛行兵たちに大阪湾の灯台を戦艦に見立てて突っこむ跳飛弾攻撃という戦法(P49)を指導していた関西地区の飛行学校分教所の教官(P48)だった時分に、決して強制ではないとの特攻志願募集に教え子たち全員が「希望」に印をつける状況に腹を立て、教え子ばかりに特攻はさせません。自分にも責任がありますから(P50)と「熱望」に赤丸をつけるに至るまで、まるで永遠の0ではないかと大いに驚いた。

 思わずどちらが先なのかを確かめたところ、本作の二〇〇九年に対し、百田尚樹の小説は二〇〇六年だった。さすれば、この「すみれ館奇譚」との副題を持つ『往きて還らず』は、戦時を知らない世代である百田がものしてベストセラーになった奇譚に対する戦時を知る世代からの揶揄を込めた“騙り返し”なのではないかという気がしてきた。

 奇譚という点では、『永遠の0』の凄腕の弱虫パイロットどころか、『往きて還らず』の二十七歳の滝川大尉は、基地近くの洋館風の建物に宝塚から追ってきたとのピアノも弾く二十三歳の美貌の八重子を愛人として囲い、特攻作戦を大西中将らと共に考案したS少将の特命を受けている主計大尉(P51)の計らいで物資の補給を受けて贅沢な愛欲生活を過ごしつつ、自分が散華した後は後輩の美男中尉に譲り渡すことを予め両者に承諾させたうえで出撃しようとするばかりか、出撃前夜には自分と共に特攻に出る女も知らずに死んでいく若い下士官達に最後の餞として自分が愛人と性行為を演じて見世物にする(P59)ことを八重子に承知させて♪巴里の屋根の下♪の曲のなかで“白黒実演”をしてみせる(P63)わけで、こちらの話のほうが、その倒錯性といい、熱情、諦念、無常感といい、拵え物としての突拍子もなさが数段まさっているような気がする。映画化作品の『永遠の0』での宮部久蔵(岡田准一)には窺えなかった“滝川大尉の負っていた特別な背景事情”には、彼が特異な特攻隊員となったことへの納得感があったように思う。

 宝塚が好きで♪すみれの花咲く頃♪を口ずさみ、シャンソンを愛好した感情の濃密な巨根の滝川大尉、彼から八重子を譲り受けた優しくて妙に律義な二十四歳の中村中尉、その後を貰い受けた動物的で無粋な絶倫男の横沢少尉二十歳、そして、滝川さんなり、中村さんなり、私を私として愛してくれました。横沢さんは私を慰安婦として愛して下さるなら、それでもいいと思うのです。滝川さんや中村さんの恩義に報いるためにも横沢さんに好かれる慰安婦になることが私の宿命のように思われるのです(P110)といい、果てには本当に自ら慰安婦として売春宿ひょうたん亭で働くことを求め、軍隊関係の人間なら、上級者、下級者、より好みはせず、昼も夜も敵娼(あいかた)となって働き続けたという。とにかく、美人で、肉体も官能味が溢れているし、性的技巧も抜群、という噂が立つと、指名、予約客が殺到することになった(P131)挙句、二ヶ月後には、ひょうたん亭が爆撃を受けて焼死した八重子。いずれの者の心境にも推し量りがたいものがあるなか、滝川大尉の人物像の複雑さが際立っていたように思う。

 時代の倒錯性が登場人物に投影されていたわけだが、俺が敵艦に体当たりして消滅したあと、八重子はNの女になるわけだ。そういう約束が出来るまで苦労したよ。女って、浅はかに出来ているものだから、俺が死ねば自分も死ぬなんて吐(ぬ)かすんだ。この世にはNみたいないい男もいるのに勿体ないじゃないか…しかし、話はそう決まったとしても、俺が消滅したあと、この二人、いちゃいちゃしやがると思うとやっぱり妬けてくる。俺が酒乱になるのはわかるだろう(P39)と深酔いして口にする滝川大尉は同時に、俺は行きたくはねえ、飛び出したくねえ、としょっちゅういってました。死にたくない人間を無理に死なせないと、戦争には勝てないのでしょうか――(P75)と八重子が滝川の初七日に言っていたようにこれまで日本海軍が誇っていた主力戦闘機・ゼロ戦を自棄(やけ)くその体当たりに使うなどという作戦は日本航空隊の恥だ(P87)という思いを抱えて特攻隊員を熱望した倒錯性のもたらした酒乱とも言えるように思った。そして、感情の濃密な滝川大尉において、その倒錯性が愛する女性に難題を投げ掛けてどこまで受容してもらえるかによって、その愛を量ろうと甘える姿となって現れる部分には、特異性よりもむしろ、ある種の男たちにおける普遍性が窺えるような気がした。中村中尉への譲渡を苦労して約束させるのも、“白黒ショー”(P58)の実演を求めるのも、そういうものだからこそ八重子だよ。あいつはいい女だ。それが国のため、命を投げ出す若い人の最後の慰みになるなら、とやっと承知してくれたんだ(P58~P59)という言葉になるのだろうし、八重子も滝川大尉の真情を汲み取り、嫌々ながらもその甘えを受容することが出来たのだろう。

 しかし、最も興味深かったのは、作中の父に歴史というものは不思議とくり返すんだ、いつかは再び特攻隊員を美化し、愛国の熱意に燃えて散っていった特攻隊員に哀惜の情を持つようになる。特攻隊員たちと一人の女との三角関係みたいなものを書けば全国の特攻隊ファンから袋だたきを喰うぞ(P14)と語らせつつ、そのうえで何だか全ては父の作り話のように思えてならなかった(P12)とする書き手のエクスキューズに寝つかれぬまま私は腹這いになると、父の言葉をメモした手帳を取り出した。 滝川大尉、中村中尉、横沢少尉の三人の特攻隊員と工藤八重子という美女の接点を、父の言葉を思い出しながら私なりにつなぎ合わせてみようとした。小説にするなら私の父も道先案内人として登場する必要がある。当時、滝川大尉も中村中尉も親しい人間を呼ぶ時には頭文字だけを使って呼んでいたようで、主計兵長であった父は海軍士官の二人からKさんとか、K兵長と呼ばれていたらしい。 よろしい、Kさんを使ってこの三人の特攻隊員と一人の美女との秘密を探ってみる事にする(P23)とまで念押ししていることだった。
 得意の韜晦と虚々実々をまとうことを習い性としている作家の小心と屈託が透けて見えるように感じた。そして、出撃命令の出た中村中尉が見るも哀れなくらいにやつれていたと笑い、「何でかわかるか。八重子に泣きつかれて、一晩中、床の中でアレをやらされたらしい」と堀内主計大尉がK兵長に言って「あなたの匂いをしっかり覚えさせて、と八重子は泣いて中村を寝かせず、明け方まで尺八責めにしたそうだ」と話したことに対し、Kもつられて笑いながら、「それ、堀内大尉殿のつくり話でしょう。中村中尉はそんな事、いう人じゃありません」と返す場面(P98~P99)を設けていた。

 手慣れた裸女描写は、滝川大尉との実演場面のほかにはKの覗き見る横沢少尉との滑稽味の漂う珍妙な交接場面の二箇所しか出て来ないが、裸身の魅力を達者に描出していたように思う。また、数々の映画作品のタイトルが出て来たことも目を惹いた。シャンソンは2曲だったような気がするが、中村中尉が愛好したとのフランス映画は『舞踏会の手帖』『外人部隊』『地の果てを行く』『望郷』『女だけの都』『ミモザ館』と何作も並んでいた。なかでも中尉が「あれは俺にとっては身につまされる映画だった」(P96)と語る『外人部隊』以上に印象づけられたのが、彼があの時のフランソワーズは狂人とも言い切れぬ狂人、といった風情の役で登場するが、彼女の演技が全体を象徴して、正にピッタリ、彼女の過剰さがなかったら、あの映画は語れなかった(P94)などと論じていた『舞踏会の手帖』で、まさに本作における工藤八重子の配役を作者が語っているように感じた。

 そのような表題作の後日譚として収録されている『夢のまた夢 ― 道頓堀情歌』では、語り手の父が俺が昔、惚れた八重子という女にそっくりや(P187)というフジ子に魅せられ、妻子を置いて家を出る。戦後風俗を背景に『往きて還らず』と対照をなすように語り手の私が、父と同様に玄人芸のショーではない実演行為を見物することになる話で、父が魅入られたのとは反対に正視するに耐えず、そっとドアを開け玄関口へ逃げ出した(P186)りする。表題作ほどの妙味には乏しかったが、女性の可塑性と健気を描いて興味深い作品ではあったように思う。こちらに登場する歌はシャンソンではなく、菊地章子のヒット曲♪星の流れに♪で、出て来た映画タイトルは『乙女の性典』『新妻の性典』『十代の性典』『続十代の性典』『続々十代の性典』で、若尾文子への憧れが記されていた。


by ヤマ

'15.10.27. 新潮社 単行本



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