『月の下まで』
監督 奥村盛人

 カツオ漁師の勝雄[マサオ](那波隆史)が母を亡くし、知的障害を抱える十代の息子雄介(松澤匠)の養育にシングルファーザーとして苦労しつつ、新たなる生活に踏み出す物語を観ながらも、先ごろ高知船籍の漁船が巨大貨物船に衝突して沈没したニュースに触れたところだったので、最後の場面での汽笛の連呼に不吉の影を感じてしまったのが難だった。

 息子を連れて、夜の海に出る前のテーブルに中村養護学校のリーフレットと船舶売買契約書があったから、勝雄は、半値にしかならなくとも船を売って借金を済ませ、陸に上がる覚悟を決めて、最後の出帆に息子を連れて出たということなのだろう。漁に出て不在にするから、母親を亡くしては息子の面倒が見れないということだったが、漁師を辞めても仕事に就けば、やはり息子は全寮制の養護学校に入れることになるのだろう。近所に住む幼馴染の多恵(荻野みどり)やその娘の恵理(富田理生)に頼ってばかりもいられないわけだ。父親に向かって、片言で「明日は晴れる」と言った雄介は、かつてのように慣れない養護学校に癇癪を起こしたりはしない気がした。

 それにしても、少々粗暴な勝雄といい、障害を負った雄介といい、明神家の男は、なぜか女性にモテていて何とも不思議だった。漁師町のスナックの新人ホステスとして関西から流れてきたアカネ(平井千尋)が、初対面の勝男の家に店のあと上がり込んでセックスをしていて雄介に覗かれ憤慨して去っていくエピソードや、幼馴染の雄介の世話をかいがいしく焼いていた恵理が、離れの部屋に雄介を誘い込んで強引にキスをしようとしていたところを父親の毅(下尾仁)に踏み込まれて誤解を招き、暴力沙汰に発展したエピソードに、違和感とまではいかないものの、少々とってつけたようなものを感じた。勝雄は、多恵からも“漁協の星”とか“腐れ縁のようなもの”とか言って、モテていたのだが、そこのところにもう少し説得力が欲しかったように思う。同時に、元妻の美砂子(真賀田サヤ)から詰られていたDVについても、その実際のほどが如何なるものだったのか掴みにくい気がした。娘に手を出したと思い込んで雄介を殴った毅をボコボコにしていたあたりには、逆上したときの勝男の様子が偲ばれはしたものの、それで警察に留置されるに至るエピソード自体が少々突出している感じで、勝男に殴られ、娘には地元を去られる毅が、何だか一番気の毒な気がした。

 とはいえ、身元引受人として警察に迎えに来てくれた漁師仲間の竹次郎(鈴木ただし)から「チョンガーの俺からすれば、それだけでも羨ましいんだけどな」と、雄介が何かの拍子に耳に手を遣る仕草が父親そっくりだと言って労わられていた場面は、なかなか良かった。

 オープニングの鹿島神社での漁師の祝唄に力があって驚くとともに、エンディングで流れていた矢野絢子の主題歌『唄の舟』が、まさしく過日のライブで彼女が話していたように、既成曲の援用とは思えないほど歌詞が物語にマッチしていた。「夢の島は見えたかい?愛の陸は見えたかい?」と人生の海原に漕ぎ出でる者への呼び掛けが、まさに勝男に向けられているもののように聴こえた。




参照テクスト:「夢を夢で終わらせないために・・・頑張れ熟年(笑)」より
http://ameblo.jp/tadappi/entry-11607901324.html

推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/13062305/
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2013tucinemaindex.html
by ヤマ

'13. 7.16. TOHOシネマズ2



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