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『競輪上人行状記』['63] 『「エロ事師たち」より 人類学入門』['66] | |||||
監督 西村昭五郎 監督 今村昌平 | |||||
昨年末、83歳で没した小沢昭一に僕が最も親しんでいたのは、ご多分に漏れずラジオの『小沢昭一の小沢昭一的こころ』であり、強い印象を残しているのは、しゃぼん玉座公演による『唐来参和』であって、映画では渋い脇役イメージが強く、最も強く記憶にあるのは『肉弾』['68]での空威張り軍人だったのだが、堂々たる主演作とも言うべき作品を二作も続けて観る機会を得た。追悼という時宜に適った好企画だと改めて思った。 先に観た『競輪上人行状記』は、むかし阿佐田哲也のエッセーか何かで読んでその名を覚えていた作品だが、観るのは今回が初見だ。思い掛けなくも劇場スクリーンで観ることができ、思いのほか上々の出来栄えに感心していたら、ちょうど一ヶ月後の地元紙に「封切から半世紀、…初めてソフト(DVD)化された」との記事が掲載されていた。「公開時にはさっぱり当たらず。されど草の根の邦画ファンたちは、…小沢昭一の膨大な出演映画の中で、これぞ最高傑作と推す」とあることに膝を打った。 阿佐田哲也がらみで記憶にあった作品だったから、葬儀屋住職と自嘲する家業を継いだ春道(小沢昭一)の競輪友達で稼業仲間でもある葬儀屋(加藤武)の名前が色川だったのが可笑しかったのだが、寺内大吉の原作でもそうなっているのだろうか。ロマンポルノで馴染みの西村昭五郎の第1回監督作品などと聞いていたものだから、導入部で未亡人となった兄嫁みの子(南田洋子)が亡夫の棺を前に、幻覚のなかで鞭を携えて蘇った亡夫に打たれながら「許して」「もっとぶって」と繰り返しながら身悶えするシーンにあらぬ妄想を抱いたのだが、どうやら本当に詫びていたらしいことに後の展開で気づいて、思わず苦笑した。先ごろ観たばかりの『タブー 赫いためいき』の影響があったのかもしれない。ともあれ、数々の実に個性的で些か哀しい世迷い人の造形が見事で、善悪清濁を一筋縄で括れない人の生の屈託を描き出しつつ、ヤクザ者さえ悪辣なだけには描かない人間観に、絵空ではない血が通っているように感じられた。 教師から住職に転身し、遂には競輪の予想屋になった口上のなかで説法をしている春道の姿を描いたラストが秀逸で、「寺が寂れるのは、かつては屈託を抱えた人々が訪ね来る場所だったのが最早そうではなくなったからで、今はそういう人が競輪場に行くのだな」と父親の玄海(加藤嘉)が言っていたことと呼応して、春道の生き様と相俟り、妙に説得力があった。これこそ競輪上人の面目というもので、どの身にあっても春道の説教好きというところが笑える。 それにしても、南田洋子が艶っぽくて驚いた。渡辺美佐子も、博打であれ何であれ“身を焦がす女”の色香に凄みがあって感心した。いまの女優には出せないものが画面に宿っていたように思う。なんだかびっくりした。 それから二週間ばかりして観た『人類学入門』は、博打ではなくエロ事のほうを舞台にした人間模様を描き出した作品だが、原作者も監督も違っているのに、テイスト的には合い通じるものがあるように感じられた。ブルーフィルム界では名高い“土佐のクロサワ”のことを僕が知ったのは、二十年余り前に読んだ『夜想24 *特集*プライヴェート・フィルム』(ペヨトル工房)によってだが、残念ながら今に至るまでその作品を一度も観たことがない。そこには「土佐のクロサワは常時三、四人いたが、当時はまだ情報が少なかったために、高知産のブルーフィルムはすべて黒沢明と呼ばれるひとりの監督によって撮られていると思われていた。だが、実は複数の人々が製作にかかわっており、何人かのスタッフの中で“ここはこういうアイディアで撮りたい”という意見を主張したものが監督になり、あとで観ると誰が撮ったのか分かるという寸法だった。」(P171)と記されているが、その後『回想の「風立ちぬ」―土佐のクロサワ覚え書き』という本が出たようだ。そのなかに松田と自称するクロサワもいたようで、“土佐のクロサワ”の作品を絶賛していたらしい野坂昭如の原作を映画化した本作に登場する名前が“松田”だったりするところが、面白い符合だった。 小沢昭一が、とても真面目にエロ事師に励んでいて、自負も持ってる緒方という人物を実に軽妙に情けなくも可笑しく演じていて、追悼上映に相応しい作品選択だと思った。そして、エロ事師は恥ずべき職業じゃないんだと息巻いていた姿に、競輪の予想屋をしながら説法をしていた春道上人に重なるものを感じた。 また、苦労して製作したブルーフィルムを闇勢力に狙われるところだとか、木枠に数台の8mmカメラを取り付けて一度に何本も撮り上げるという、風聞でのみ知っていた撮影スタイルを目撃した点が大いに収穫だった。 それにしても、ボンクラ息子の幸一が苛立つほど似合っていた近藤正臣に笑え、坂本スミ子が圧巻だった。 *『競輪上人行状記』 推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/3704562236309999/ *『人類学入門』 推薦テクスト:「チネチッタ高知」より http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/13070701/ | |||||
by ヤマ '13. 4. 7. あたご劇場 '13. 4.24. チャンネルNeco録画 | |||||
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