『天使の分け前』(The Angels' Share)
監督 ケン・ローチ


 天使の分け前と訳されていた“The Angels' Share”は、とてもいい言葉なのだが、イギリス社会には浸透していると言われる“ノーブレス・オブリージュ”同様に、今の我が国においては根付くことのない感覚のような気がした。

 例えば、元々客側が使うものではない「お客様は神様だ」などの言葉のように、本来持つ意味の主客を直ぐに転倒させて、手前味噌に都合よく言葉を使う風潮が支配的な我が国で、「天使の分け前」という言葉が使われるのは、自己の正当化の場面でしかなくなるような気がしてならない。

 だから、ロビー(ポール・ブラニガン)たちは決して自分たちの盗みに対して“The Angels' Share”と言ってはならず、あくまでもハリー(ジョン・ヘンショウ)の得た一瓶に対してしか使えない言葉だし、ロビーたちの盗みに対して“The Angels' Share”と言い得るのは、決して彼ら自身ではなく、作り手及び観客でしかない。

 だが、表層的な黒白を判りやすい形で求めたがる今の日本人には、この感覚が共有しにくいのではないかという気がする。少なくとも、いまメディアが騒いでいる食材偽装の問題に同調している人々には許容できないことのように思う。食物アレルギーにさえも鈍感な偽装は論外にしても、高い金を払わされて騙されるのが許せないなどという憤慨なら、大方の一般大衆には無縁のものであって、ちょうどペイオフ解禁騒ぎのときに、マスコミが大騒ぎしていたのと同じようなものだと感じているところだったから、余計に本作を興味深く観た。

 骨董であれ、グルメであれ、高級な贅沢を求めるならば、それに見合ったリスクを取る覚悟を持って臨まなければ嘘で、己が目利き、味覚磨きを棚に上げて、グレードを語り騙されたなどとほざくのは、ちゃんちゃら可笑しいような気がする。一千万円までしか預金保証がされなくなるペイオフ解禁でリスクを負うのは、決して一般大衆ではなくマスコミ人でしかなかったように、ホテルや高級レストランの食材に偽装があったと憤慨できるのは高額所得者であって、一般大衆にはさほど縁のある話ではない。

 そもそも、そういったものに法外な金を掛けることの出来る者とそうではない者が余りにも不当な形で歴然と格差をつけられていることの不正のほうが、食材偽装の不正よりも遥かに重大な問題であるはずなのだ。本作の作り手には、“不正”に対してそういう感覚があるということが、とてもよく伝わってきた。

 少なくとも、少し涙ぐめば“号泣”、笑みを浮かべれば“爆笑”、ちょっとしたエピソードを“秘話”、少々美味ければ“絶品”などと言うTVメディアが、どの面提げて食材偽装を糾弾できるのかと呆れている僕には、ロビーたちの不正を“The Angels' Share”と言ってのける作り手に対して、“流石!という思い”のほうが湧いてきた。

 4本のうち3本を20万ポンドで売り渡すはずだったものを2本割ってしまい、残り2本になっても、売り渡さない1本を“The Angels' Share”として取っておくというプライオリティを誤らないロビーの姿に、彼の成長と更生が確かに感じられ、奇跡的に手に入れた“まともな職”を損なわせることには今後決して手を出さないだろうと確信させてくれたような気がする。

 我が子を得、ハリーと出会うまでのロビーの“度の過ぎたろくでなしぶり”でも、かような奇跡の起こり得るのが人間であるならば、更生の道は絶たれてはならないと思うのだが、是非もないことにさえ犯人探しをしたがり、犯人には厳罰を求めたがる風潮が蔓延ってきているような気がしてならない。そのことを僕は、何だか皆人が腹いせを求めたがっている姿のように感じているのだが、少々の不正よりも“荒み”のほうが社会的には深刻な問題のような気がする。

 結局、ロビーはウィスキー一瓶を10万ポンドで売りつけたわけだが、10万ポンドとなれば1600万円ということだから、どう考えたって法外な値段であり、不正入手であろうがなかろうが、そんな値の付くこと自体が犯罪的だと言うべきことだと思う。

 ロビーを更生させた女性レオニーを演じたシヴォーン・ライリーがなかなか素敵だったが、それ以上に、ジョン・ヘンショーの演じたハリーが実に素敵だった。“The Angels' Share”を得るに足る天使がいるとしたら、確かに彼をおいて他にはいないように思う。



推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/13111703/
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20130421
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=3700229&id=1900219026
by ヤマ

'13.11.15. 美術館ホール



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>