『サイド・エフェクト』(Side Effects)
監督 スティーヴン・ソダーバーグ


 実に面白かった。僕は薬というものが嫌いで、病院から出されても、必須のもの以外は服用しないことが習慣になっているくらいで、数年来のサプリブームや薬物摂取への抵抗感の薄れに懸念を感じているので、なおさら面白く観たのかもしれない。とりわけ精神科医の処方に対して、かねてより疑念を抱いているところもあって、余計に面白く観ることができたような気がする。

 精神科医のジョナサン・バンクス博士(ジュード・ロウ)が、英国の大学院を出ながら何故アメリカで開業しているのかと問われ、「イギリスでは精神科医に掛かると病気扱いだが、米国では応援されるから」と答えていたが、それだけ鬱病患者が多いということなのだろう。本当に病んでいる人が多いのか、鬱病と診断されるものが多いのかだが、アメリカの医療制度や保険制度のありようから、実は後者じゃないかと思っているところが僕にはあって、何でも対米追従型の我が国で鬱病患者が増えているのも、日本のアメリカナイズの影の部分のような気がしている。

 たくさんの薬剤名が矢継ぎ早に打ち出され、抗うつ剤の副作用としての夢遊病に対して別な薬を投与することで打ち消そうとする処方など、薬のコワさをさんざ描きながら、薬よりもずっと怖いのは人間だという実に真っ当なオチにまとめあげ、策士策に溺れる図をもって更に真っ当な顛末に落ちつけて、副作用の指し示すものを最後のところで引っくり返し、別な角度からの“社会派映画”に鮮やかに転じてみせていたのだから、大したものだ。

 並みの社会派映画なら、おそらく間違いなく薬害問題として、製薬会社や精神医療“業界”を告発するような作りになるはずだが、ソダーバーグは、いかにもそれを装って、まんまと外してきていた。このことに肩透かしを食らったような不満を覚える人もいそうだが、ただ単に予想を外すのではなく、きちんと“薬よりもずっと怖いのは人間だ”との真理を衝いているところがいいのだと思う。

 とにかく、エミリー・テイラーを演じたルーニー・マーラが素晴らしい。振り返ってみれば、エミリーの心に一番の副作用(サイド・エフェクト)をもたらしたのは、法外なセレブ生活の獲得と喪失の釣瓶打ち体験だったということなのだろう。なかなかいいタイトルだ。

 そして、ヴィクトリア・シーバート博士を演じたキャサリン・ゼタ=ジョーンズにも大いに感心した。まさか彼女が、若娘にのぼせ上って翻弄されるあんな安い役どころに落ちる役柄を受けているとは思わないから、やられたという気がした。彼女が演じてこその効果があったように思う。何の伏線もなく突拍子もない事実が突如として立ち現われるところに、“二時間ドラマの火曜サスペンス”のようなものを感じて脱力する観客も続出しそうだが、僕はそれを務めたのがキャサリンだったことに承服をしたようなところがあるように思う。

 真相に辿り着くまでのスリリングさと最後に交錯する疑念の顛末が見事だった。周到なはずのエミリーにして、窓ガラス越しに僅かに覗いた光景から湧いた疑念によって自らコントロールを失い、大きな判断誤りをしてしまうところが鮮やかだった。狡猾周到な女性たちに比して、実に無防備に翻弄される男たちの図がいささか情けなかったが、土壇場で敵失によって窮地を脱したものの、失ったものは計り知れず大きいような気がする。

 現実でも、“病歴30年、うつのプロ”なるものを自称しているらしい女性が、精神科ルポルタージュを本にして売り出したりもしているわけで、医者の側も昨今はリスクを負っているから、いつバンクスのような目に合わないとも限らない。そのあたりのことも含めて、非常にアクチュアルな作品だと感心した。なかなかこうは撮れないように思う。大したものだ。




推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/13091602/
推薦テクスト:「雲の上を真夜中が通る」より
http://mina821.hatenablog.com/entry/2013/09/26/172129
推薦テクスト:「シューテツさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1911797472&owner_id=425206
by ヤマ

'13. 9.24. TOHOシネマズ5



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