『フライト』(Flight)
監督 ロバート・ゼメキス


 航空事故ものの映画として観ると、大いなるダッチロール作品ということになるだろうし、アルコール依存症を描いた映画として観ると、甘いところが多々あるのかもしれないが、人間の尊厳と良心というものを描いて、なかなかスリリングで感慨深い作品だったように思う。

 前半でのウィップ機長(デンゼル・ワシントン)の出鱈目ぶりには、ハイライトシーンだった公聴会での“腐っても鯛”のような告白との落差を劇的にする演出が働いていたのだろうが、それにしても相当な腐りようだった。だからこそ「酒の嘘なら任しておけ、ずっとついてきたんだから」と言い切る彼が、我が身の酒の嘘はつけても、死人に口なしの恋人に濡れ衣を着せるような卑劣な嘘はつけない場面に痺れるわけだ。

 オーソドックスなアメリカ映画が得意としていた男前な映画の作りが好もしく、こういうところはデンゼルの真骨頂だと思った。だらしなくボロボロになっていても、操縦桿同様に「ここだけは」のここを誤っていないと却って際立つ。そんな彼とは逆に、表面的には立派でかっこよく恰幅も威厳も備えているようでいて、実のところは「ここ」を完全に履き違えている人物も多々いるから尚のことだ。

 それには矢張り、冒頭から字幕を読むのが難儀なくらいサービスカットの続いていたトリーナの存在が利いていて、彼女が自分と同じアルコール依存症ながらも、職務として身を挺して少年を救ったCAであり、苦肉の策とはいえ機体を墜落させず不時着するために彼が背面飛行をした後、再び反転させたことで落下して死亡していることが作用していたような気がする。また、恋人でもあった彼女と死に別れた後に出会い同棲し始めたアル中ヤク中のニコール(ケリー・ライリー)が、彼以上の重症に見えながらも依存症患者の会に参加し更生しようとしていた姿も影響を与えたかもしれない。二人ともちょっとだらしなくて、心根が良くて、いい女だった。二人の存在がなければ、彼は断酒への道を歩めなかったように思う。

 依存症であることを告白した彼が収容されていたのは医療刑務所だろうと思われるが、自室の壁に貼ってある写真のなかでもひときわ大きかったのがニコールの写真だったのは、そういうことなのだろう。だが、勇気ある選択をしたおかげで、どうしたって止められなかった断酒に成功し、初めて“真の自由を得た”と実感できるようになる。

 事故機の副操縦士だったエヴァンス(ブライアン・ジェラティ)が言っていた「全ては神の計らい」というのは、こういうことなのかもしれない。勇気ある道を選んで断酒を果たし、見放されていた息子から最高の賛辞とも言うべきインタビューを受けているウィップの姿を観て思ったのは、余人には誰も真似できない操縦で102人中96人の命を救った英雄的行為の果報として、これこそが神の施した計らいだったのかもしれないということだ。確かに、これに勝る勲章はないわけだ。

 それにしても、依存症というのは本当に厄介だし、怖いものだ。ウィップやニコール、死んだCAのような人でも、ちょっとした隙に“罹患”してしまうと、なかなか抜け出せないし、人間関係や経済的なものを含め、いろんなものを壊し、失くしてしまう。まさしく“神の計らい”と言うべきほどの事が起こらないと契機が得られないくらい厳しいものなのだろう。更生の足掛かりを得られずに己が良心に逆らって、ウィップが嘘の証言をしていたら、ますます酒に逃げるしかなくなって、そのアル中はきっと加速度的に進んだに違いない。さればこその“神の思し召し”なのだが、そういった類のこととは無縁に、利得にばかり敏感になって真っ当さを失っている人が、少なからずいるような気がしてならない。

 ゼメキスのシリアス劇は久しぶりに観たような気がする。ウィップが不幸にして(後を思えば幸福にも)隣室に繋がる扉に気づき、自室の冷蔵庫からは撤去されていた多量のミニボトルを発見して開封しつつも蓋をし直した後、仕舞わずに天板の上に置いたときマズイと思わされたのだが、その直後の小瓶のショットが実に鮮やかだった。あのあたりはゼメキスの見事なまでのケレンの妙味だ。思えば、ウィップが隣室に入ることになる、あのノックのような音からして、いささか神掛かっていたような気がする。




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by ヤマ

'13. 3.12. TOHOシネマズ4



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