『幕末太陽傳』('57)
監督 川島雄三


 学生時分にTV放映で観たような気がするものの殆ど記憶がなく、きちんと観るのは初めてで、天才映画監督と称される川島の代表作たる傑作の誉れの高い作品が僕にどう映ってくるのかが興味深かった映画だ。それで言えば、もちろん決してつまらなくはないものの、そんなに持て囃されるべき作品なのだろうかと、今ひとつピンと来ない感じが残ったように思う。

 今は相模ホテルとなっている特飲街のちょうど百年前、品川遊郭の相模屋でイノさんと呼ばれている居残り佐平次(フランキー堺)に「侍にしとくのは惜しい」と言われる高杉晋作(石原裕次郎)の“粋”というのは、名高い都々逸「三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい」の作者であること以上に、その破天荒な無軌道性から、幕末の太陽族ともいうべき“粋がり”を攘夷運動として主導している部分をも指すのが作り手の立ち位置なのだろう。佐平次を労咳持ちにして夭折した高杉晋作と肺病を重ね、高杉に石原裕次郎を配していたところには、そういう意図が働いているような気がした。

 高杉も佐平次も、死期が遠からぬ状況にあるのを知りつつ、実に明るく逞しく強かに“生きる力”を、太陽の如く放射していたように思う。闊達に才覚を発揮し、天衣無縫にふるまう、とても病気持ちとは思えぬその姿は、今どきの右肩下がりの先行き不安や閉塞感ばかりが巷間伝えられるなかでは、大いに目を引くものだが、それを宿し得たのは、川島雄三の力以上に、昭和32年という右肩上がりの時代の持っていた力のような気がした。

 最も面白かったのは、やはりおそめ(左幸子)の心中沙汰にあえられた金造(小沢昭一)のエピソードだった。始末屋としての才覚の鮮やかさの裏には、得てしてこういうマッチポンプ的な仕掛けがあるとしたものだが、棺桶担ぎも含めて誰にも不満のない取り分があるのが味噌で、おまけにかね次(高原駿雄)らの思惑の機先を期せずして制する巡り合わせになっているところがいい。高杉の発揮した才覚や活躍というのも、おそらくはこういうものだったということなのだろう。

 だからこそ、佐平次は高杉晋作張りのモテ男になるわけで、こはる(南田洋子)やおそめから秋波を送られることにも必然性があるわけだ。そういう意味での達者さは随所に窺えたのに、僕にあまり響いてこなかったのは、何故なのだろう。巧さに感心させられる部分が先に立ち、気持ちのうえでの高揚感がむしろ削がれたような気がしている。



推薦テクスト:「シューテツさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1811899983&owner_id=425206
by ヤマ

'12. 3.26. あたご劇場



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