『ファミリー・ツリー』(The Descendants)
監督 アレクサンダー・ペイン


 一ヶ月も話をせず、三日も口さえ利かないままに、突如、妻が寝たきりの植物状態に見舞われることさえ只ならぬことなのに、加えて妻の浮気を、こともあろうに娘の口から聞かされるくらいの最悪の事態というのは、そうそうあるものではないと思う。だが、弁護士稼業にかまけて家庭を顧みず微妙な年頃となっている娘たちとの損ねていた関係の修復が得られ、仕舞いには長女アレックス(シャイリーン・ウッドリー)から「パパだってつらいのに、すごく頑張ってるのよ」との祖父への抗弁を得られるに至ったのも、とどのつまりは妻エリザベス(パトリシア・ヘイスティ)からもたらされた難儀ゆえだったりするところが、人生の是も非もない奥深さというか、やるせなさなのだろう。

 見送りに際して「My love, My friend, My pain, My joy」との呼び掛けを贈らずにはいられない伴侶であったことを再認識するうえでマット(ジョージ・クルーニー)が試され、夫の浮気相手の末期の病床を訪ねるうえでジュリー(ジュディ・グリア)が問われたことも、結局のところ、見舞われた境遇を受容する力だったように思う。人生とはそういうものだ。この“My pain”というところがミソで、長年連れ添うなかでは抜きがたい“苦痛の受容”を、愛情によって支え経てきてこそ培われるものだという気がする。

 そして、子をなしその成長を共有してきた間柄というのは、結婚という形式を整えているか否かの問題ではなく、やはり特別な相手であって別格なのだという気がしてくる作品だったように思う。

 そういう意味では、少し綺麗事に流れていたとも言えなくはない本作だったけれども、ジュリーがマットに、何ゆえエリザベスを訪ねることができたかを語る部分に真実味があるとともに、娘の前で醜態を晒したくないプライドがからくもマットを支えていた感じがよく描出されていて、単なる綺麗事にさせない納得感があるように思った。妻への想いゆえに事実を確かめて相手との決着をつけずにはいられないなどというありがちなパターンではなく、むしろ娘の手前、逃げるわけにはいかないところに追い込まれている感じを漂わせていたあたりが秀逸だったように思う。

 それにしても、10歳と17歳か。我が事を思い返しても、あの年頃の娘との関わりほど難しいものはないような気がする。妻子ともに全てが女性という家族体験は僕にはないけれども、居場所を確保するのは、実は相当に難しいことだったりするのではなかろうか。妻が離婚をも考える本気の婚外恋愛に向かったことについて友人夫妻の妻から“是非もないこと”としてではなく、ある種“自業自得”のように咎められ、「女はいつだって悪くなんかないっていうことか!」と声を荒げるマットの思いには、何もこのときだけのものではないところがあるからこその高ぶりが窺えるように感じた。

 知らぬが仏というのは、ある種、人生の真理だと僕はかねてより思っているのだが、先ごろ“知らぬが仏では済まないのが人生であることを突きつけてくるような映画”だった灼熱の魂を観たばかりであることも手伝って、知ること、知らせることで得られるものと失われるものの得失にも人生同様に是も非もないことが、ある種の感慨とともに伝わってきた。結局、問われるのは受容力ということなのだと思う。

 アメリカ映画でもそういうものが普通に描かれるようになったのは、いつの頃からなのだろう。人生に対して受容力よりは突破力や達成力を称揚し続けてきたのが開拓精神をアイデンティティとするアメリカの映画作品のメインストリームだったのに、近頃は少々趣を変えてきているような気がする。



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by ヤマ

'12. 5.31. TOHOシネマズ1



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