『テザ 慟哭の大地』(Teza)
『ブンミおじさんの森』(Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives)
監督 ハイレ・ゲリマ
監督 アピチャッポン・ウィーラセタクン


 「SPRING ART CINEMA」と題された美術館定期上映会で取り上げられた映画は、ともに前世紀の巨大潮流たる共産主義革命の興亡の影が射している作品で、それぞれエチオピアとタイの負っている国情と歴史を知らないと解しにくい部分があるように感じられたが、前者がそれを知らずとも充分以上の触発を与えてくれるのに対して、後者は、何とも珍妙な作品だった。


 アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の作品は、五年前の特集上映でいくつかの作品を観た覚えがある。その際に、 冒頭、中島敦の『山月記』からの引用で幕開ける風変わりな作品だった『トロピカル・マラディ』について、映画のなかを流れている時間のリズムが僕とは合わず、けっこうシンドイ作品だった。と日記に書き残していた僕にとっては、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したとの『ブンミおじさんの森』も、かなりの難物だった。

 おそらくは“川の中で股を開いて漂う老女とナマズの交合シーン”と“死に向かう自分の負っている腎臓病は共産兵を何人も殺したカルマだと言っていたブンミおじさん”の二つでしか記憶に残りそうにないような気がする。パルムドールに選出した審査委員長は誰なんだろうと思ったら、変人ティム・バートンで、それならこの珍妙さでもってのみ面白がり、絶賛したのではないかという気がして、妙に得心がいった。


 他方、ハイレ・ゲリマ監督については、初見どころか名前も知らなかった。'70年代のケルン留学時代、'80年代の首都アジスアベバで官職に就いていた時代、そして、'90年の生まれ故郷の田舎での隠遁生活を描くなかで、帝政から共産主義を標榜する軍事政権に移行したエチオピア現代史における知識人の希望や苦悩、挫折を映し出した『テザ 慟哭の大地』には、もはや過去の遺物と見る向きも多い“コミュニズム”について、それがいかにイデオロギーそのものとしてよりも権力闘争の具としてクーデターの口実にしか使われなかったかということを改めて思い知らされるような気がした。そういう意味では、「エチオピア、お前もか」であり、カンボジアに先駆けた“赤い軍事政権”の後のエチオピアがどうなっているのか、'90年で終わっている本作の続きを知りたい気がした。

 軍事政権期の左翼過激分子による政治的理由での謀殺というよりはインテリ上司への憎悪のすり替えに仲間を扇動するために政治性が使われたかのような形で殺された親友、テスファエ(アビュユ・テドラ)の名を我が子に継いだアンベルブル(アーロン・アレフェ)の願いのとおりに、テスファエの意味する“希望”が実現されたのかどうか、軍事政権は終焉しているようだが、エチオピアの今がどうなのか、僕は殆ど何も知らない。

 それにしても、テスファエ殺害時の状況は、まさに“コミュニズム”がマクロでもミクロでも常に使われてきた利用のされ方そのもので、ソ連や中国といった社会主義国でも、日本の学生運動のような場でも、そうだったことに思いが及んだ。政治性はいつだって口実だったように思う。こういう繰り返しが、ある種このような有様そのものをコミュニズムと同一視させるところがあるような気がしてならない。なんとも不幸なことだと思う。

 また、今や超資本主義とまで言われるようになった中国がかつては共産主義を実現した理想の国と目されていたことやソ連と一線を画したアルバニアの在り方が“アルバニア型”などと呼ばれ、一つの目標とされた時代があったことを思い出させてくれるとともに、本作を敢えて'90年で止めることによって、前世紀の巨大潮流たる共産主義革命というものが何だったのかを問い直す視座を掲げていたような気もする。

 そして、夜明けの時代には確かにあって煌いていたのに、いつの間にか跡形もなく消え去ってしまう“朝露”を意味する『テザ』をタイトルに掲げる本作において、作り手は、その“コミュニズムの敗北”の歴史に対し、それを理解した推進者が男女問わず、専ら男性原理のなかでのインテリ層であったことが大きな要因だと解しているような気がした。それゆえに、本作では“希望”の名を負って新たに生まれ出てくる子供の母親たるアザヌ(テジェ・テスファウン)やアンベルブルの母親(タケレチ・ベイエネ)の体現していた女性原理を大きくクローズアップし、そこに次代への希望を託していたのだろう。そのうえでは、ドイツ時代の彼の恋人だったハーフ女性のカサンドラ(アラバ・E・ジョンストン=アーサー)やテスファエと結婚したギャビ(ヴェロニカ・アヴラハム)の存在が効いていた。同じような迫害状況を抱えるなかで妊娠に対して対照的な選択をした二人を配置したうえで、アザヌの出産をクライマックスに配する構成によって鮮やかに浮かび上がっており、大いに納得感があった。実に堂々たる作品だ。



*『テザ 慟哭の大地』
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1753153790&owner_id=3700229
by ヤマ

'12. 5.20. 美術館ホール



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