『宇宙人ポール』(Paul)
監督 グレッグ・モットーラ


 イギリス人のコミックオタクの二人組であるグレアム(サイモン・ペッグ)とクライヴ(ニック・フロスト)の乗るRV車を執拗に追っていたのが、政府機関の特命捜査官とキリスト教原理主義者であったのは、たまたまのことではなく、常に紛争の種になる権力や宗教において最も顕著な“覇権主義”とは全く縁のないものとして、オタク文化を対置させる意図があったからではなかろうか。こういう作品を観ると、愛と友情と役立たずに溢れたオタク文化こそが、平和主義の根幹になり得る文化なのではないかという気がしてくる。

 そのうえで、この楽しい三日間があれば、死んでも悔いなしと言い切れる堪能をすれば、自ずと成功をも得られるとしてあるところがいかにもアメリカンテイストで、イギリス的シニカルさを排していたことに感心した。楽観主義的な脳天気さというのもまた、オタク文化のエッセンスだという気がする。

 考えてみれば、悲観主義と覇権主義こそが平和思想を最も脅かすイデオロギーなわけで、本作が、場面的にはふんだんに現れる暴力性にも拘らず、なにゆえこうも平和的な幸福感をもたらしてくれるのかは、作中に溢れ返っているオタク性ゆえに他ならないように感じた。

 そして、オタクに目覚めることができれば、ルース(クリステン・ウィグ)のように世界が開かれ、見えなかったものが見えるようになるのかもしれない、ちょっと下品にはなるかもしれないけれども…。もしかすると、作り手はそう言っているのではないかとも思った。

 すべての小ネタを笑えるほどには僕が映画に堪能でないことがちょっと悔しい作品で、どうやら僕はマニアやオタクにはなれそうにない気がしたが、それでも元ネタと思しき作品を想起させてくれる楽しさが何箇所もあった。そして、大いに感心したのは、元ネタを知らなくても十分楽しめる開放感とも言うべき開かれた感じで、それがとても心地よかった。ここのところは、得てしてオタク文化の泣き所になりかねない部分だけに、とても重要な気がする。

 展開的には、時間に余裕のないなかでポールが寄り道を希望するところがなかなかいい。50年も前の記憶を大事にしていて届け物を怠らない義理堅さには痺れた。そればかりか、奪った人生の代償に新たな人生の提供を申し出、きちんと仕舞いをつけていく。そこのところがとりわけ大事な部分で、政治権力や宗教勢力が過去の不始末には常に頬かむりをし、忘れ去っていることとの違いが鮮やかだった。

 思えば、記憶というのはオタク文化の根幹部分だ。非常に些細なことにも深くこだわって蘊蓄化し、そこにロジックを構築していくことこそがオタク文化の神髄なのだから、この点でも、権力や宗教とは実に対照的な属性を備えた文化だと言えるような気がする。そんなことに気付かされた作品だった。



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推薦テクスト:「映画通信」より
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by ヤマ

'12. 4. 9. あたご劇場



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