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『12人の怒れる男』(12) | |||||
監督 ニキータ・ミハルコフ
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もう半世紀も前になるアメリカ映画の元作品を最初に観たのは確か十代の時分だと思うが、その後、舞台版でも'90年'04年と二度ほど俳優座劇場のプロデュース公演で観たし、レジナルド・ローズの脚本を三谷幸喜が換骨奪胎した作品としては『12人の優しい日本人』('91)を観た覚えもある。 シドニー・ルメット監督による半世紀前の作品は、'50年代のアメリカらしい理想主義が率直に謳われていた感動作で、陪審員たちの押込められた小さな部屋に満ちていた夏の暑い日の息苦しさが、そのまま彼らが向かい合っていた問題に対して感じていたであろう息苦しさとして印象付けられる作品だった覚えがあって、気休めにもならない涼しか送っていない天井の扇風機の羽の動きのエンドレス感が、全員が納得できる事実認定の元に結論に至る彼らの道のりの果てなさを感じさせて効果的だった記憶がある。だからこそ、紆余曲折を経ながらもとことん議論を尽くして最後には全員が一致できる事実認定にまで至り、暑苦しい陪審員室から解放され、裁判所の石段を降りながら空を見上げつつ、互いに名も知らぬままに苦難の作業を共にして得た一つの達成感と開放感を味わいながら別れを告げていたラストシーンが心に沁みてきたのだと思う。 だから、僕のなかでは『12人の怒れる男』における“息詰まるような暑苦しさ”は非常に重要なファクターだったのだが、ミハルコフ監督が脚本にも参加した今回のリメイク作品は、そこのところを充分に意識していたからであろう改変を加えているところが目を惹いた。暑苦しく息詰まる密室とは逆の寒気に晒された体育館を陪審協議の場にしていたのだが、それによって醸し出される殺風景と寒気こそが今のロシアを覆っているものだということなのだろう。 半世紀前のアメリカ作品は、ちょうど公民権運動が盛り上がりを見せ始めた時期の作品だから、その反映が顕著に窺えるわけだが、アメリカの良識の側から見ると、リンカーン大統領の奴隷解放宣言から100年の時を経てもなお、特に南部に根強く残っている人種差別の風土と空気のなかで、良識に基づく立ち位置を取ることはまさしく暑苦しく息詰まる密室における弁論による格闘として描かれることが相応しい時代であり、状況であったように思う。それからすれば、社会主義体制が崩壊し、その後の混沌に晒され、新社会がきちんと構築されないままに寒風に吹き晒されている現代ロシアなればこそ、ミハルコフは陪審員室の舞台を伽藍堂ような体育館にしたのだという気がする。 換骨奪胎という点で興味深かったのは、個々人の関係性が白紙の匿名の12人を一堂に集め、それぞれの個性と人生の深みを窺わせるだけの人格表出を自ずと引き出す場として比類なきシチュエーションとも言える設定を得れば、先ずは己が国民性に目を向けたくなるのが、異なる文化圏に属する異国作家として最も自然なことのような気がするのだが、まさに『12人の優しい日本人』がそういう意味での秀作だったにも関わらず、ミハルコフの作品では、12名の陪審員のキャラクター設定は、ほとんどオリジナルと変えていなかったように思われた点だ。 アメリカでもロシアでも、ユダヤ人が普通に市民権を得て住んでいるけれども日本ではそうではないといったことなどが作用している面もあるのかもしれないが、三谷幸喜が12人の陪審員という設定によって“アメリカ人とは異なる日本人”というものを描こうとしたことに対し、ミハルコフは、'50年代のアメリカ人とはそれぞれ当然にして異なる出自と体験を人生として重ねているロシア人ながら、12人寄れば“半世紀前のアメリカ人とも何ら異ならないロシア人”を描こうとしていたように思う。社会を構成する庶民という点においては、その生きてきた時間の大半が属していたはずの対立する国家的イデオロギーの差異などというものは、取るに足らないことでしかないわけだ。 そのなかで、アメリカの陪審員協議が正確な事実認定に基づく判断による“正義の実現と行使”を唯一最大の使命とし、終始それに向かって物語が進んでいたことに対し、ロシアの陪審員協議において最後に提起された視点が、被告とされている青年の有罪無罪についての判断以上に必要なものとして彼の受けるべき処遇というものだったところに、本作の換骨奪胎の真骨頂が込められているように感じた。“正義の実現と行使”という理念的なものよりも重要なのは、寄る辺なき青年の現実の命を守る手立てのほうだと言わんばかりに、ミハルコフ自身の演じた陪審員2が、有罪にして刑務所に送るほうが彼の身は安全だから、無罪には票を投じないという意思を見せる。だが、彼のたった一人での造反は、50年前の作品でヘンリー・フォンダが演じた役割を今回果たした陪審員1(セルゲイ・マコヴェツキー)のようには奏功せず、また陪審員2自身も、己が主張には拘らずに自身を除く全員が一致に至った評決に組することを選択したうえで、釈放された青年の身元引受人となっていた。 公民権運動が盛り上がりを見せ始めた時代にあって、理念的なものが現実を変えていく可能性を志向していた50年前の作品とは異なり、理念的なものの崩壊によって現実の混沌を迎えている時代にあって、現状に立脚した対処のほうを優先しないではいられない現実のほうを描き出そうとしていたような気がする。三谷幸喜の換骨奪胎と比較すると、むしろ元作品をなぞっているとさえ思える忠実さで踏襲し、充分以上の敬意を宿らせながらも、その根幹においては真っ向から相反する作品に仕立て上げていることに驚嘆しつつ、感銘を受けた。なかなかこのように作れるものではない。 自身の表明した意思に自ら責を負わせる行為として身元引受人を買って出た陪審員2は、青年の釈放後、彼の養父たる叔父を殺害した真犯人を一緒に探し出して、復讐することを約するわけだが、このようなエンディングに、50年前の作品に宿っていた“理念的なものの勝利による達成感と開放感”があろうはずもなく、作中にて繰り返し挿入されていた、損壊した戦車の上に放置され雨ざらしになっている兵士の遺体のショットのなかを、邦画の『用心棒』さながらに、ちぎれた人の腕を咥えた犬が歩いてくる場面で終わるのは、ソヴィエト崩壊後の現代ロシアがまさに秩序の失われた無法地帯であることを示しているからのような気がした。 推薦テクスト:「映画通信」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20080925 | |||||
by ヤマ '08. 9.14. 十三 第七藝術劇場 | |||||
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