『怪談』
監督 中田秀夫


 香南市赤岡町弁天座で講談『播州皿屋敷』を聴いたばかりの聞き覚えのある声でいきなり映画が始まったので、少々驚いた。ほんの二日前にNHK公開録音『土佐絵金百物語』に行ってきたばかりだったのだ。そのときのプログラムは、“怪談の貞水”と称されているらしい人間国宝の講談師一龍斎貞水による怪談『播州皿屋敷』と絵金にまつわるトークショーを組み合わせたもので、この七月に開館したばかりの平成の芝居小屋たる弁天座にいかにも似合うなかなかの好企画だった。
 講談については、十代の時分にラジオで時々聴いていたものの、生で味わうのは初めてで、かなり楽しみにしていたのだが、この日は、僕が期待していた格調よりも、柔らかく笑いを取りにくる語りを交えた読みぶりで、ちょっと外された感じがした。後の話のなかで出たことだが、皿屋敷の話には実は二つあって、関西のほうでは播州皿屋敷で青山鉄山だが、関東では番町皿屋敷で青山主膳に替えて読むのだそうだ。そして実際は日本の各地に似たような話が伝わっているとのことだ。おそらくは、各地に伝わり、さまざまなバリエーションが生まれるほどに、全国で人気を博した話だったことの証拠なのだろう。それゆえでのことなのだろうが、この日の趣向として、絵金の残した芝居絵『播州皿屋敷 鉄山下屋敷』のなかで、お菊を鉄山と共に責める忠太の裃の背中の紋が男女交合の笑い絵になっていることから、それを踏まえた話に改変していた。流石は人間国宝の柔軟な即興性だと感心したが、そのときに併せて柔らかく笑いを取りに来るような語りに意匠替えをしたのだろう。でも、僕にとっては、そうしたことで、噺家との違いが不明瞭になったように思えた。
 そんな一龍斎貞水による映画での『怪談』の語りは、薄暗いなか、蝋燭にはさまれて行われるわけで、その語っている姿もきっちり映し出されたりするのだから、ただのナレーターとは違う。さすがは人間国宝というわけだ。映画では、一龍斎貞水は、講釈師とクレジットされていたが、原作は、明治の噺家三遊亭円朝による『真景累ケ淵』だとのことで、僕は、ますます噺家との違いが分からなくなってきた。その円朝の原作を基にした奥寺佐渡子の脚本は、お累(麻生久美子)が身籠るまでは面白く観られたが、そこから後は、何だか崩れて行った感じだった。お賤(瀬戸朝香)という女は、原作にも登場するのだろうか、妙に怪しい気がする。
 そもそもは、筋違いの手打ちで殺された宗悦(六平直政)の恨みが、深見新左衛門(榎本孝明)の狂死のみならず、その息子新吉(尾上菊之助)の女難にも“巡る因果”として及んでいたという事の次第は、単に彼が富本の師匠をやってる志賀(黒木瞳)の深情けとも言うべき思い込みによって厄災を被ることよりも、因果としてのやむなさがあるように思う。しかし、この物語、新吉が被った女の執念の怖さを印象付けて、男たちに戒めを与えることよりも、豊志賀にしても、久(井上真央)にしても、累にしても、きれいな顔の男に惚れ込んで浅ましく執着すると、ろくなことにならないという話の趣のほうが強くなっていて、もろに女性向けに作られている感じがする。キャスティングも男女優とも専ら女性に人気のある役者を心掛けて揃えていたように思う。今の映画を支えている客層が圧倒的に女性であることの現れのように感じた。
 それはともかく、女性を魅了してやまぬ綺麗な顔立ちと優しく素直な心根を持って生まれ育ったことが、“女の深み”に嵌る厄災の元として、まるで恨みと呪いのもたらしたもののようだという観方は、けっこう面白い。新吉の生得のものである美貌と気だてのよさというのは、通常なら羨むべき幸とされるのだが、ここでは正反対のものとして扱われていたように思う。それにしても宗悦も、よもや我が娘志賀が、新吉の美貌と気だてのよさによって、下手すれば親子ほどにも歳も離れた、仇の新左衛門の遺児への色に狂ってしまうことになろうとは、想定外だったはずだ。恨み辛みによる“巡る因果”というものは、結局のところ、関係者の誰をも不幸にしてしまうということを示唆しているようでもあった。
 もっとも、遂には新吉の御首級を得て忘我の境に入っている志賀の姿というのは、観方によっては、窮極の恍惚とも言えるわけで、あながち不幸とは言えないのかもしれない。むしろ、快いのやら苦しいのやらも判然としない忘我の境での恍惚というのは、女性の至るエクスタシーというものの本質的な姿であるのかもしれず、男の僕からすると、ラストの志賀の姿には、ちょっと羨ましいような、到底御免蒙りたいような、少し滑稽味さえ差した凄みというものがあって、女性のエクスタシーを見せられるようなところがあったわけだが、この作品が客層として狙ったはずの女性客たちには、どのように受け止められたのだろう。


推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20070809
推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0708_1.html
by ヤマ

'07. 8.31. TOHOシネマズ8



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