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『フランドル』(Flandres) | |||||
監督 ブリュノ・デュモン | |||||
六年前にシネリーブル梅田で観た『ユマニテ』が強烈で、あの荒涼としていて、観終えた後に、自分を含め何だか人間であることが哀しくさえなってくるような、不快で寒々とした感慨を引き出され、深く刻み込まれたことが忘れられないでいた。だから、それだけの映画の力を備えた作品を撮り上げた作り手が、今度はいかなる作品を見せてくれるのだろうと、ちょっとした覚悟をもって観に行った。人によっては生理的嫌悪にも近い反発を誘発しかねない印象を残した前作からすれば、R指定が18から15になっていることとたまたま符合したような観やすさはあったものの、『フランドル』もまた、観終えた後に尾を引く厳しい作品だった。 緑の広がるフランドル地方の風景も茶色く土埃の立つ砂漠の光景も、不思議と好対照を成さず、どちらも乾いて茫漠とした印象を残すのが不思議なところだが、こういった感興の喚起力は、演劇でも小説でも叶わず、まさしく映画ならではのものだという気がする。前作でもとりわけ印象深かったセックス・シーンの、些かの官能性も帯びない身も蓋もない生々しさと寒々しさが今回は幾分緩和されていたものの、まさしく人間の性(さが)なり生き物の行為としてロマンも官能も付与されずに描かれていたが、作り手が人間の営みの根本を考えるうえで性を最重要視していることが改めて印象づけられるとともに、今回は、この作り手が性を憎悪しているようにさえ感じられた。 この作品は、フランドル地方の田舎村から徴兵で戦争に駆り出されたと思しきデメステル(サミュエル・ボワダン)が戦場で剥き出しにされる人間の性(さが)の絶望的なまでの凄惨を目の当たりにする体験の描出を挟んで、オープニング・シークエンスとラスト・シークエンスとが全く同じ行動で始まる形で対のように配置されている。すなわちバルブ(アドレイド・ルルー)に手を引かれて牧場のはずれの木立の先の草むらに柵を乗り越え赴いて、デメステルが体を重ねる場面から始まる二つのシークエンスのことだ。中東と思しき異国で全く言葉の通じない相手にわめき散らしながら行き場のない苛立ちと不安にかられ、農民や少年さえも惨殺し、女性ゲリラを捕らえて輪姦してしまう兵士たちの戦場での現実を目の当たりにし、自らの身を以て経てきたデメステルと堕胎という形での命の剥奪を経てきたバルブが再び体を重ね合ったときには、バルブの無表情に変わりなしではありながらも、かつてとは異なり静かに涙していたように見えた。もしかしたら、デメステルから戦場での体験を聞かされて涙したのかもしれないし、ひとたび自身の内から抹殺された命に想いを馳せて涙したのかもしれない。 それに加えて僕は、このときデメステルは不能者になっているような気がする。戦場での輪姦の後、囚われたデメステルたち三人のなかで、報復処刑された者と命長らえ捕虜になった者との違いは、輪姦場面での三様の態によるものだったように思うのだが、性欲の発露を率直に遂げられる者と強姦しようと挑みつつも不如意に終わる者、輪姦行為自体に馴染めず背を向ける者というのは、こと輪姦に対するものに限らない人の態度としてのシンボリックな三態であって、作り手は、人間の姿としてこれを提示したかったのだろうと思われるとともに、デメステルは不如意に終わっていたからこそ処刑されずに済んだということだったような気がしてならない。逃走中に被弾して走れなくなった同郷のブロンデル(アンリ・クレテル)の見捨てて行かないでくれとの声を振り切って生き延びてきたデメステルに遺されたものが不能者であることに、何らの違和感がないほどの苛烈な戦場体験が、冷徹に描出されていた作品だったように思う。 最後にデメステルが緑の草むらではなく、納屋のようなところでバルブにのし掛かるとき、バルブが、デメステルを草むらに誘ったときのように下着を脱ぐことなく身に付けたままだったのも、すなわちそういうことを示していたような気がするわけなのだが、ここに至ってようやくデメステルが「愛してる、愛してる」とバルブに繰り返し言葉にできるようになっていたところに、愛に至るうえでの性の超克のようなものを作り手が託しているようにも思われた。戦場に赴く前、草むらに誘われ、下着を下ろして恥毛を見せるバルブとセックスをしていた頃には、付き合っているのかと訊かれてさえ否定し、ブロンデルが言い寄ることを放置していたデメステルが、素直で謙虚にバルブを求めるようになれるのに、彼が不能者になることは、むしろ必須要件であったように描かれているのを観て、この物語が結末的には愛に至っていつつも、僕は、チラシにて言及されているような“希望”を受け止めるどころか、思わず溜息をつくほかなかった。作り手が性を憎悪しているようにさえ感じられたというのは、つまりはそういうことなのだろう。なかなか厳しい作品だ。 推薦テクスト:「映画通信」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20070627 推薦テクスト:「TAOさんmixi」より http://mixi.jp/view_diary.pl?id=418827957&owner_id=3700229 | |||||
by ヤマ '07. 6.25. テアトル梅田 | |||||
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