『シュガー&スパイス 風味絶佳』
監督 中江 功


 僕は、子供の時分から森永ミルクキャラメルが好きで、二十歳前後の一時期に思い出したようにけっこう愛食していたことがある。三十年程前のその頃に、全く意匠が変わっていないように見えるパッケージながらも、ちょっとスマートになった印象を残し、昔とは違っているように感じた覚えがある。特別な親密さに包まれた男女関係に踏み入った恋の記憶を持つ多くの人が、まるで同じだと思い当たる数々の懐かしくも日頃は忘れ去っている初々しい感情を想起させるこの作品においても、同様の変わらなさと違いがあって、映画に綴られているそれらは、その不器用さにおいても幼さにおいても、ちょっとスマートな印象を残すのだが、柳楽優弥&沢尻エリカという、今が旬の若者がキラキラしていて、とても風味のいい作品だった。

 「たった一人、“イヤ”が“いい”という意味になるの。」などという、載録するのが気恥ずかしくなるような台詞なのに、観てるときには遠い日のほわっとした気持ちを呼び起こしてくれるような台詞がいくつもあって、少し年上の女性にリードされてる恋の甘美さをとてもファンタジックに描いていたように思う。単に甘いだけじゃないからこそ甘みが引き立つ風味に仕上げているところが気が利いている。だから、男の側から観てもなかなか美味しいキャラメルだったのだが、女性側からのファンタジーとして観ると、尚更のものがあるように感じた。何と言っても、男の子みんながそれぞれ一生懸命になって女の子に向かっている物語なのである。そして、恋人を“必需品”というグランマ(夏木マリ)が“ガールズトーク”の現役をこなしていることのかっこよさを打ち出した“人生とは恋だ!”とのメッセージ溢れる物語なのだから、いかにも女性好みのファンタジーだという気がする。

 それとともに、男の浮気に怒って自分のほうから振った元彼の慶大医学生の矢野(高岡蒼甫)を忘れられないでいる自分が悔しいとグランマに語っていた乃里子(沢尻エリカ)の最終的な選択が現実的な納得感に満ちたものだったからこそ、風味のいいファンタジーになっていたのであって、結末が違っていたら随分と甘ったるくなって、風味が落ちたような気がする。そうしてみると、結局のところ、いちばん美味しい想いをしたのは乃里子のように思える顛末となったように見えるが、振られる側よりも振った側にツケが残るのが恋愛というものだという気がするから、“後悔”という名の不発弾という点では、自分から言い出した“志郎(柳楽優弥)十九歳の誕生日の約束”を破る選択をした乃里子のほうが、よりリスキーなものを抱えてしまったように思う。

 志郎にとっては、おそらく永遠に甘くも苦い風味絶佳の想い出となるのだろうが、乃里子にとっては、幸福感に乏しい状況に見舞われる度に“後悔の胤”となって現れそうな気がしないでもない。もっとも女性は、わりと過去に囚われないよう潔く心の整理ができるという点では、男よりも優れているように思えるから、たいしたリスクではないのかもしれないけれども、幸福感に乏しい状況どころか、幸福感のさなかにあってもなお、乃里子は、自分のほうから矢野を振った“後悔”に無意識のうちに苦しんでいたわけだから、志郎とのことは厄介な不発弾を抱え込んだことになるのかもしれない。

 もう一つ、ファンタジーとしてのこの作品の風味を損なわない配慮として、ありがちなパターンを排した工夫に思えたのが、「“とりあえず”大学に行く」ではなく、「“とりあえず”大学には行かない」という選択をしていた志郎が、この失恋を転機にする形で大学進学へと向かうようになったなどというオチ付け方をしていない点だった。

 これらのことが奏功して、風味絶佳とまではいかぬとも、なかなかいい風味の青春映画になっていたように思う。




参照テクスト:山田詠美 著 『風味絶佳』(文藝春秋)読書感想
by ヤマ

'06. 9.18. TOHOシネマズ2



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