『ある朝スウプは』
監督 高橋 泉


 “ぴあフィルムフェスティバル ベストセレクション 映画をつくろう・映画監督への第1歩−自主(個人)映画の挑戦−と題する二日間の企画上映会は、かねてより楽しみにしていたものだったが、仕事の都合で日曜日に山歩きをせねばならず、残念ながら一日目の土曜日しか観ることができなかった。
 「現在活躍中の監督、初期作品集」としての三作品『バードウォッチング』(矢口史靖監督[96年])、『走るぜ』(古厩智之監督[93年])、『星ノくん・夢ノくん』(荻上直子監督[00年])を午前中に観、午後からは00年から05年までのグランプリ作品を六作品続けて観た。『青〜chong〜』(李相日監督[99年])、『モル』(タナダユキ監督[00年])、『つづく』(菱沼康介監督[01年])、『NEG.WONDERLAND』(上田大樹監督[02年])、『ある朝スウプは』(高橋泉監督[03年])、『あるべらえず うんべると−消え入ぬように−』(関乃介監督[04年])の順に観たのだが、今観るとパッチギ!にヒントを与えたようにも思える朝鮮学校(「チョン校」と呼ばれていた)高校生を描いた『青〜chong〜』の映画学校卒業制作作品とは思えない技術力と完成度の高さや、『モル』の自主映画らしい風変わりさが物語・キャラクターともに備わって上首尾にまとまっていることなどに感心していた。とはいえ、続けざまに観ていると疲労が重なってもくるのだが、少々疲れていても、一頭地抜きん出た作品には、目も頭も覚ましてもらえることを改めて印象づけてくれたのが『ある朝スウプは』だった。
 製作費は3万円くらいだそうだと、後で今回の企画上映会の主催者である友人から聞いたときには、いくら映像ユニット「群青いろ」という仲間同士の間で作り上げた映画であるにしろ、いささか驚いた。自分たちの住んでいるアパートや街にて、持ち合わせの道具や衣装でまかない、自然光で撮ったビデオ作品というわけだ。それなのに、この充実度は何たることかと、ただでさえ作品自体で受けていた感銘に驚きが加わったのだった。
 同棲している恋人北川(廣末哲万)が、突如見舞われたらしいパニック障害で社会生活がままならなくなり、アイデンティティが脅かされるなかで宗教セミナーに引き寄せられていく過程での自分たちの関係性の維持再生に向けて、愛情深く懸命に格闘する志津を描いた作品だったが、演じた並木愛枝が、恋人の様子のおかしさに対する気づきから疑問・不安・疑念を経て、直面・献身・脱力・喪失・訣別と辿るまでの7ヶ月間を演技とも思えぬ見事さで演じ、驚くべき実在感を宿らせてニュアンス豊かに表現していた。
 共に生を歩んでいたはずのパートナーが、寄り道ではなく歩みの向き自体を変え始めたとき、どう寄り添うのかという点では誰しもに起こりうることであって、事態は何も宗教セミナーに限った話ではない。パートナーシップというものに想いを巡らせるうえでも、味わい深く豊かな作品だった。パートナーの歩む道が変わり、共には歩けない以上、解消するほかないという明解で判りやすい対応に即座に切り替えられる場合もあれば、共に歩むとの命題を最重視して、パートナーが変えた歩みの向きを何とか元に戻そうとしてみたり、あるいは、パートナーに合わせて自らの歩みの向きを変えたりする場合もあるわけだが、それに際して、志津のように愛情深く寄り添うことはなかなかできることではなく、また、その姿や言動がモラルやら責任といったものに支えられて執られているものではないことが伝わってくるから、哀しくも美しく泌み入ってくる。ちょっとしたときに見せる表情や仕草がとても素敵な志津だった。
 また、北川の変化が異性関係によるものであれば、志津にとってはむしろ、まだしも対処がしやすかったのかもしれないとも思った。心の病ということでは、多情もパニック障害も信仰も心の問題であることに違いはない。だが、志津にとって、自分の居場所のなさが直接的に響いてくる度合いが高ければ、自身にとっての寄り添いにくさが増すだろうが、むしろ自分を必要としていることが痛いほど判る状況であるだけに、解消などという想いが湧いてこなかったのだろう。そこのところが彼女の愛情深さとして、観ている側に迫ってもきていたわけだ。そのことを際立たせるうえでは、北川を演じた廣末哲万の好演が功を奏していたように思う。映像ユニット「群青いろ」の他の作品、とりわけ同年のPFFアワードで準グランプリになったとの『さよなら さようなら』(廣末哲万/監督・主演、高橋泉/脚本、並木愛枝/出演・音楽)を是非とも観てみたいものだと思った。

推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2005acinemaindex.html#anchor001307
by ヤマ

'05.11.12. 美術館ホール



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