『火火』
監督 高橋伴明


 人が破格のことを為すには、破格の激しさと意固地なまでの執念を備えた人格を必要とするという人間観を多くの人は持ちがちであるが、その点では、まさに絵に描いたように生きている主人公の姿が綴られていて、とても了解しやすく且つ観る側がいささかも脅かされずに安心して観られる。そこが、この作品の良き部分であり且つ物足りない部分でもあったような気がする。

 それにしても、映画に綴られた神山清子(田中裕子)の人物像は、まさしく映画タイトルのとおり、日々窯で燃えさかる火のように熱く激しいものだった。火事の炎のように激しく拡がり燃えさかっていくのではなく、穴窯に封じ込められたなかで千度を超える高温で燃え続け、他の追随を許さない自然釉の絶妙な色合いの作品を生み出す陶芸の炎のようなものだったように思う。その炎の向かうところは、自身の“作品”ともいうべき焼き物と子供であって、それ以外に対しては、むしろ火を落とした状態の窯のように冷えていて無頓着なのが清子という人だったように思う。だから、夫の出奔後、信楽焼の組合から、女の身で寸越窯を継ぐのであれば、組合には女窯元の先例がないので信楽の名を外してもらいたいと言われても、組合に向かって激しく燃えたりはしない。清子にとって、それは穴窯の外の世界であって、自分の炎を向ける先ではないわけだ。

 その代わり彼女の心象という穴窯のなかにある“古代焼きによる信楽自然釉と我が子”の二つに対しては、千度を超える激しい炎で焼き込むかのようにして向かい、半端な妥協や甘さは微塵もないから、当の子供からも他人からも理解を得られにくく変人扱いされるわけだ。かねてより清子の実力と才能を認めていて、寸越窯の組合除籍には反対し、彼女が苦境にあるときは、仕事を世話して回してやっていた師匠格の窯元(岸部一徳)にさえも「儂かて焼き上がった物を壊すことはある。けど、さっきの窯のなかで叩き割る音は、嫌ぁな音やったなぁ。」と嘆息されていたが、彼のこの台詞は、清子の人物像を描くうえでとても重要なものだったように思う。一切の妥協を許さないこの激しさがあったからこそ、彼が「遂にやったなぁ、清子はん。」と讃える信楽自然釉の再生を果たし得たのだろうし、その一方で、何も壊すまでもないものを、更に言えば、決して半端ものではない以上は、折角のものなり、それなりのものとして活かすべきものを叩き壊してしまうという“激しい靱さの功罪”を窺わせていたように感じる。清子にとって、自身の厳しく激しい炎が結果としてうまく作用して焼き上がったような賢一(窪塚俊介)と、そうはうまくはいかなかった娘(遠山景織子)との対照についても投影されるべき意味合いを含んだ味のある台詞で、とても印象深いものだった。

 骨髄バンク立ち上げに繋がる経過のなかでは、ひとつ少々疑問の生じたことがあった。善意の輪が拡がっても登録のための検査に高額の検査料が必要で、むしろ多人数になったがために、集まった寄付金では賄い得なくなったことに焦点が当たっていた。このことによってボランティアで取り組むには無理があり、国を動かす必要があるとの流れだったのだが、ボランティアと義捐金による登録のための検査に対して、特別に廉価な料金で対応した医療機関が一切なかったのだろうか。僕には、そうは思えないようなところがあって、一部にそういう医療機関もあったなかで、既に医療機関を含めた形でも義捐金や善意だけで取り組むべき課題ではなくなっているということで国に訴える動きになったのではないかという気がする。実際のところがどうだったのかは知らないが、血液データの登録者の善意に対して医療機関が高額検査料で臨み、何らの理解も示していなかったような印象を植え付ける面があったように感じる。当時の医療機関側の対応は、どうだったのだろう。ちょっと気になるところだが、この作品は、あくまで“清子の穴窯”を描いた映画なので、そのあたりは詮無いことではある。

 エンドロールを眺めていたら、エキストラというクレジットまで出てきたので、映画製作においてロケ地元との連携が濃密な作品だったようだ。そのなかに、碧水ホールの上村さんという知人の名前が出てきて、妙に嬉しく思った。




推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20050304
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2005hicinemaindex.html#anchor001227
推薦テクスト:「Muddy Walkers」より
http://www.muddy-walkers.com/MOVIE/hibi.html
by ヤマ

'05. 6.12. 東宝3



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