『花とアリス』(Hana & Alice)
監督 岩井俊二


 『四月物語』を観たときも『リリィ・シュシュのすべて』を観たときも感じたことだけれど、どうしてこんなふうに若い十代の感覚を瑞々しく生々しく捉えられるのだろうと驚いてしまう。今や既に遠い日々となっている僕から観て、いかにもそのように見える瑞々しさなり生々しさに過ぎないもので、そのさなかにある者からすれば何らかの違和感があるのかもしれないけれど、まさしく当の若者たちに訊ねてみたくなるほどに、いささかもあやまたずに掬い取っているような印象を残すのが驚異的だ。

 僕の記憶のなかにある若いあの頃の覚束なさ、とりとめのなさの対象の最たるものは、まさしく自分自身で、いかほどの者ともいかなる者とも確信の持てない不確かさのあまり、逆に頑なまでの自己演出に思い切らないではいられないくらい、自分自身そのものが掴み処がなかったような覚えがある。既定の類型タイプに充て填めて生じる違和感に対しては、若々しく肥大しがちな自我が決然と拒む潔癖さを自身のなかで誤魔化しようがなく、そこのところを自身に訊ねる作業というものに不断に従事しながらも、真剣に取り組めば取り組むほどに不確かさのもたらす不安に囚われて来始め、その不安感から逃れたくて少ない選択肢のなかから、ある種の思い切りを以て自己分裂の破綻を招くことが少なそうな自己像を演出し始めるものだったように思う。それだけ切羽詰まった選択によって表出した自己像に対する妥協の余地は、それゆえにほとんど構える余裕がなく、ある種の頑なさから逃れようもない窮屈さだったりするのだが、そんな弱味は金輪際気取られたくない強がりを手放せないのは、選び直しに立ち戻って再び不安の淵と対峙することに耐えられないからでもあったように、今にして振り返れば思わないでもない。

 この危うくデリケートな強靭さと脆弱さに彩られた季節の肌触りを画面に映し込むことは並大抵のことではないと思われるのだが、岩井俊二の監督作品は、ちょっとした所作や会話の積み重ねのなかで鮮やかにそれを果たしているような気がする。

 この作品では、出任せ的に作られ課せられた記憶喪失という意表を突いた設定が“覚束なさ”の記号としても有効に機能していて見事だし、この設定ゆえに諸処に織り込まれる残酷さや傲慢さ、またそれと共にあるとも言える受容力や放埒さなど、若々しさの結晶を形作っているようにも見える“期間限定的な硬質な煌めき”が弛緩した空気のなかで光彩を放つといった案配だ。ある種の気怠さが基調として横たわっているからこそのものだと思うし、それはまさしくかつて自分も過ごしたことのある若いあの頃の日々なのだ。

 そんななかでアリスこと有栖川徹子(蒼井優)がオーディションの場で求められ披露するバレエの彼女の見せ方やキラキラした美しさは、覚束なく掴み処のない日々を過ごしながらも、確かな何かを若者は身につけていっているものだという姿を端的に捉えていて感動的だ。大舞台での仰々しさではなく、ささやかな日常との地続きのなかで零れ出るような美しさが掛け替えのない煌きを感じさせてくれる。似たような気怠い弛緩と覚束なさのなかにあるように見えて、彼女の母親(相田翔子)にはもはや獲得できなくなっている“期間限定的な硬質な煌めき”であることを印象づける対照が鮮やかで、若者のそんなふうな煌きを顕著な形でアリスに示されることで、先輩マーくん(郭智博)への想いを強引に自己演出していくために入部したオチ研ながら高座に上がる荒井花(鈴木杏)にしても、hana & alice のバレエ仲間のカメラマン志望と思われる娘にしても、ほとんどピエロ的な役回りでしかないように見えたオチ研部長にしても、みんな何処かキラキラしていたし、何かを確実に獲得していってる姿が偲ばれるようになる。アリスの母親と同じく離婚してしまっている花の父親(平泉成)が、思いがけなく堪能な中国語を身に付けていて格好のよさを見せてもやはり“期間限定的な硬質な煌めき”とは無縁であることで、アリスの母親とは別な形での対照を示していたことも効いていたように思う。それによって、大人が失わずにいられない若さというものの期間限定的な際立ちが、さらに浮かび上がっていたような気がする。それと同時に、彼らの若さを確かな息づきで捉えた世界が、まるでアリスに導かれて覗き見たちょっと不思議の国のように感じられてしまうことで、僕には既に本当に遠い日々となっていることを改めて実感させられたように思う。




推薦テクスト:「シネマ・サルベージ」より
http://www.ceres.dti.ne.jp/~kwgch/kanso_2004.html#hana_&_alice

推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2004hacinemaindex.html#anchor001081
by ヤマ

'04. 3.29. あたご劇場



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