『グッバイ、レーニン!』(Good Bye,Lenin!)
『みなさん、さようなら。』(Les Invasions Barbares)
監督 ヴォルフガング・ベッカー
監督 ドゥニ・アルカン


 『ビッグ・フィッシュ』を観てからのち、続けざまに“看取り映画”ともいうべき作品を観た。ひとつはベルリンの壁の崩壊期を舞台にした『グッバイ、レーニン!』、もうひとつは若き日に政治の季節を過ごした戦後ベビーブーマーの終焉を甘やかにアイロニカルに描出した『みなさん、さようなら。』だ。この三作品では、僕は『ビッグ・フィッシュ』のファンタジックな味わいが最も好きなのだが、“時代を捉える”という映画の持つ特質からは『グッバイ、レーニン!』や『みなさん、さようなら。』のほうが優れているのかもしれない。


 『グッバイ、レーニン!』では何と言っても、解放よりも喪失感のほうに囚われた人々が庶民の側でも確実にいたという、当然といえば当然のことをユーモアと肯定的な人間観に支えられたドラマとして見せてくれたところがよかったように思う。東ドイツの崩壊を貧しく抑圧された人々の解放という面でのみ観がちな西側文化圏に住む者にとって、そういう人々の姿を鮮やかに掬い取り、そこに批判も同情も寄せずに、温かく人々を見つめる眼差しとして向かうだけの知性を備えた映画によって目にすることは、とても意義深いと思う。酒浸りになっている校長や社会の激変のなかで“取り残され感”に見舞われている老人たちが、アレックスの求めで既になき東ドイツを偽装するときの、どこか喜々とした姿が妙に印象深かった。

 “看取り映画”という点では、『ビッグ・フィッシュ』のウィルの看取りの騙りよりも、アレックス(ダニエル・ブリュール)が母クリスティアーネ(カトリーン・ザース)のために四苦八苦して工作した偽装のほうが、作業的にも大変だったし、滑稽で面白かったけれど、それによって母が救われたのではないところが、作品的には興味深い。彼女にとって、最期に必要だったのが騙りではなく“事実”であったというのは、考えようによっては対照的だとも言える。しかし、いずれにおいても必要とされたものが“真実”ではあった。

 ただそういう文脈なればこそ、クリスティアーネが子供たちに騙っていた事実のほうが“真実”とは掛け離れたものであって、アレックスはまだしも、姉のアリアーネ(マリア・シモン)に与えた傷が罪深く哀しいところが、『ビッグ・フィッシュ』での父親の騙りで息子の受けた傷が最後にはすっかり癒されたことと比べ、後味として苦いものを残す。それが即ち、東西ドイツ時代の悲劇ということなのだろうが、母の痛みが少々描出不足で、彼女の自己都合が前面に出過ぎていたところが苦味に繋がったように思う。もっとも作り手の立場は、アレックスの偽った紹介に憤る看護婦ララ(チュルパン・ハマートヴァ)を作中に置くことで“真実”というものに対する基軸を明示しているのだから、この苦味は、むろん意図したものなのだろう。

 キャラクター的に最も惹かれたのは、アレックスのバイト仲間であった“映画に夢を抱く青年”だった。キューブリックが東ドイツでどこまで知られていたのかは、僕の知るところではないが、西ドイツ生まれだとのベッカー監督が自分の青年期を投影したと思われる友達甲斐のあるキャラが、映画好きには嬉しい魅力を備えていたような気がする。


 『みなさん、さようなら。』での一見『グッバイ、レーニン!』のような「温かく人々を見つめる眼差し」の宿りとも見えるドラマの背後に透けて窺える皮肉の最大のものは、何と言っても末期癌で死に向かうレミ(レミー・ジラール)のこのうえもないと思える終末の全てを演出し実現し得たのが、証券ディーラーという資本主義の権化とも言うべき職で稼いだ息子セバスチャン(ステファン・ルソー)の資力だったことにあるという気がする。1950年の生まれで“解放”をスローガンに、社会変革としての左翼運動やら制度としての結婚を拒否するフリーセックスなどの洗礼を浴び実践しようとしてきたインテリの最期を優しく飾ったのが、まさに資力と息子であったのだから、痛烈と言えば痛烈だ。そういう意味で、「私は生まれたときから情けない男だった」と語るレミの情けなさの最たるものは、その息子の献身と資力の前に屈服したことにあるのだが、実は事はそう単純ではないように見える。

 「私は生まれたときから情けない男だった」という言葉には、ある種の挫折と不本意が込められているのだが、それを言葉として口にできるのは、逆に根底のところでは自身の情けなさを受け容れずに済んでいるからだという気がする。知性のもたらす認識力による段階に留まっていたのであって、身体感覚でもって本当にそれを受け容れたのは、いよいよ末期が迫ってからレミが静かに涙を流したときなのだろう。あの涙には言葉にできない複雑な感情が宿っていて、もちろん初めて謙虚にも心の底から感謝の気持ちを抱くに至った喜びもあるのだが、それゆえに偏屈さで武装して突っ張ってきた部分の完全なる屈服とが並存していたはずだ。世代的な宿題ともいうべきものをずっと終生背負ってきたうえでの完全なる屈服を心からの喜びの感情のなかで体験することで「自身の情けなさを本当に受け入れること」を果たしたように感じられた。そのことを敗北として否定的に揶揄する視線で眺めた作品ではむろんなく、むしろ救いとして肯定しているのだが、そこには作り手の内部にあることが窺われる“屈折と自嘲”というものが宿っていたような気がする。しかし、それと同時にセバスチャンの資力の勝利を完全に肯定しているわけではないことも明白だ。資力の現実的な威力が嫌味なまでに余すところなく描かれるなかで、ちょうど『グッバイ、レーニン!』と同じく教職にあった病人を教え子に買収で見舞わせる場面があって、そのときのアレックスと比較すると歴然としているように、セバスチャンには資力を備えることで喪失しているものがあることを窺わせていたように思う。そこにもまた、屈折と自嘲の眼差しがあったような気がするのだ。そして、その眼差しはレミの入院した病院の労働組合の体たらくを辛辣に描くところにも濃厚に窺えるように思う。

 ドゥニ・アルカン監督は1941年生まれだそうだから、レミと全く同じ世代ではないわけだが、心情的には通じる部分が多大にあるのだろう。僕が新宿のシネマスクエアで『アメリカ帝国の滅亡』('86)を観たのは、ちょうど17年前の秋で、そのときのレミは36歳だったわけだが、日誌も綴っていないので定かではないものの、その時点でもある種の屈折と自嘲の眼差しが宿っていて、いったい何をやっているんだろうなという虚しさというか、“人生に対する当て外れ感”というものを観る側に残すような諧謔のこもったドラマを見せてくれていた気がする。だが、それでも屈服は描かれていなかったように思う。今回、『みなさん、さようなら。』が17年後の彼らを描いた作品だと知って、ふとキャスティングを調べてみたら、レミのみならず妻ルイーズ(ドロテ・ベリマン)も女友達のディアーヌ(ルイーズ・ポルタル)とドミニク(ドミニク・ミシェル)も、ゲイのクロード(イヴ・ジャック)もピエール(ピエール・キュルジ)も、17年前と全く同じキャストだった。こういう作品の場合、ぜひとも併映で上映をしてもらいたいものだと改めて思う。

 それにしても、幸せな情けなさのなかで生涯を終えていったレミに対して、作り手は、ささやかな面目を施してやっていたのだが、それが作り手の甘さなのか愛情なのか、僕のなかでは定まりかねているところがある。セバスチャンが知人の専門医にデータを送って仰いだ診断では激烈な痛みが間断なく襲ってきているはずだというのに、その点では些かも素振りも弱みも見せなかったレミの姿やその痛み止めのために必要なヘロインの入手を通じて関わることになった、嘗ての愛人の娘ナタリー(マリ=ジョゼ・クローズ)に麻薬中毒から抜け出す契機を残して逝ったことは、情けなさだけには終わらないレミの面目だったように思うのだ。セバスチャンの好意によって譲られたレミの家に残された蔵書の山をも、確かな知性の片鱗を窺わせた彼女が、「1冊の本さえ読まない最低の人間」とレミが吐き棄てた息子セバスチャンに代わって引き継いでくれることになるのかどうかまでは別にしても、彼が最後に残していったものは間違いなくあったような気がする。


*『グッバイ、レーニン!』
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2004kucinemaindex.html#anchor001071
推薦テクスト:「Silence + Light」より
http://www.tricolore0321.jp/Silence+Light/cinema/review/goodbye_lenin.htm
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200404.htm#goodby-l
推薦テクスト:「Puff's Cinema Cafe」より
http://www.ff.e-mansion.com/~puff/2004a.htm#GOOD BYE LENIN!


*『みなさん、さようなら。』
推薦テクスト:「FILM PLANET」より
http://homepage3.nifty.com/filmplanet/recordI.htm#lesinvasionsbarbares
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2004micinemaindex.html#anchor001097
推薦テクスト:「Puff's Cinema Cafe」より
http://www.ff.e-mansion.com/~puff/2004a.htm#LES INVASIONS BARBARES
by ヤマ

'04. 9. 9. 東 宝 3
'04. 9.28. 美術館ホール



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