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『アダプテーション』(Adaptation) | |||||
監督 スパイク・ジョーンズ | |||||
チャーリー・カウフマンというのは、実に食えない脚本家だ。エンドロールにいかにも人を食ったように「ドナルドを偲んで」とか、「この映画は事実に基づいている」だとかいう文字が流れる。チャーリーに本当にドナルドという名前の双子の弟がいるのかどうか、僕は知らないけれど、それも怪しいものだと思ったりしていた。そもそも映画タイトルの『アダプテーション』という言葉が、適合・順応という意味に加え、脚色・改作・翻案といった意味を持っているわけで、この物語にどこまでの脚色が施されていて、どこまでを真に受けて取ればいいのか悩ましいなどとボンヤリ考えていたら、ふと事実ということで言えば、映画のなかで書いていた脚本どおりの物語を現にこうして映画として観たのだから、この映画の脚本は、まさしく映画のなかで語られたとおりであることが証明されているわけで、だとすれば、そこにはいささかの脚色もなくて、まさに事実そのものであると言えることに気づいた。それだったら、エンドロールにもフェイクはなくて、映画で引用された『カサブランカ』のエプスタイン兄弟みたいに、チャーリーには本当に双子の弟ドナルドがいるのかもしれない。 映画のなかで地球の誕生からのことを綴っていたとおり、この作品にもそれが描かれるし、弟の言葉に慰められ、涙するチャーリーの姿は、映画のなかでも確かに脚本に書き込まれていた。この映画は、一見したところ、チャーリーの身に降り掛かった事々を脚本に書いたもののようだが、案外それは言葉にする手前の脚本家のイメージだったということなのかもしれない。そのへんのバランス具合の演出が実に巧みだった。突拍子もないエピソードの後ほど、それを書き付けたり、テープに吹き込んだりしているチャーリーの姿が描かれていた脚本には、かなり周到な配慮が施されていたのだろう。そういうことなら、いかにとんでもない展開になったとしても、それを思い描いた事実があっての映画作品ということで、その事実に対する脚色はないことになる。だが、脚本家が頭のなかで思い描いたことは、もちろん現実そのものではない。 そのことを脚色というのかどうかは微妙なところなのだが、この作品が巧妙なのは、そこに“原作”という、脚色の対象となることが運命とも言うべき存在を置いて、そのうえで実在の人物事物を幅広く取り込んで虚実の境界を混沌とさせつつ、スキャンダラスな妄想を飄飄と語っているところだ。そして、“脚色”を作品タイトルとし、エンドロールで実話に基づくと流すところが曲者なのだ。しかも、その物語には、現実というものの“ままならなさ”が皮肉な笑いとともに機知豊かに描き込まれ、さらには現実のチャーリーが原作『蘭に魅せられた男~驚くべき蘭コレクターの世界』から読み取ったのであろう、著者スーザン・オーリアンの蘭コレクターに寄せた密かな想いというものを放埒に妄想的に描くことで、却って原作の持ち味とエッセンスを雄弁に伝えていたように思う。また、それによって「主題は花だ、花の話だ」と映画のなかで繰り返していた脚本家の念押しのような台詞の持つ意味を多重化させながら、脚本家チャーリーその人の想像力豊かな個性をも雄弁に伝えていた。 それにしても、カーチェイスや銃撃、セックス・シーン、経験によって何か教訓的なことを学ぶ主人公や苦難を乗り越え成功を手に入れる物語などというハリウッド的な脚本だけは自らの沽券にかけて御免被りたいと苦悩していたチャーリーの脚本が、その総てをことごとく網羅していくしかない“ままならなさ”の伴った皮肉な展開を見せるのは大いに笑えるし、それでいて出来あがった物語が、まるでハリウッド的でないところは見事というほかない。脚本の“構成力”を以てキーワードとして、ままならなさで皮肉な笑いを取るのもカウフマンをネタにすればこそ、笑いの効果が倍加するのだけれど、逆に脚本家としての並々ならぬ自信を窺わせているようにも思う。“脚本の十戒”の講師脚本家と交わす“淡々とした人生と現実観”の話の持ち込み方も気が利いていたように思う。 結局のところ、チラシの惹句にもあった「とてつもなく脚色=アダプテーションされた」部分というのは、この映画では、実はチャーリー・カウフマンが「困った、書けない。」と悩み衰弱しながら書いていたというところだけなんじゃないだろうか。どうにも僕は、ほくそ笑みながら、乗り乗りで書いていたんじゃないかという気がしてならない。 脚本家も監督も、そして演じたニコラス・ケイジ、メリル・ストリープ、クリス・クーパーにしても、皆びとこぞって芸達者ぞろいで感心しきりだった。特にニコラス・ケイジの果した演じ分けなど、二役演技の最高レベルに属するものだと言っても過言ではないような気がする。 推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0308-3confe.html#adapt 推薦テクスト:「Camera della Gatta」より http://www15.plala.or.jp/metze_katze/cinema4.html#adaptation | |||||
by ヤマ '03.12. 2. 県民文化ホール・グリーン | |||||
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