『アバウト・シュミット』(About Schmidt)
監督 アレクサンダー・ペイン


 あれだけのキャンピング・カーを買って、立派な屋敷に住み、老後の生活に対する経済的な不安は一向に見受けられないのだから、経済的にはウォーレン・シュミット(ジャック・ニコルソン)の人生は、負け組でも失敗者でもないのは明白だ。しかし、定年退職や妻の死、娘の結婚によって、会社の重役保険設計士の役割も夫の役割も父親の役割も失っていることを思い知らされると、まるですべてを失くしてしまったような喪失感に見舞われ、経済的な支えだけでは生きていけないことを思い知る。人間にとって“ジョブなき生”がいかに厳しいかをジャック・ニコルソンが味わい深く演じている。
 本当は、独立して存分に自分の力を試してみたかったという思いを未だに持っているほどに飽き足りなさが拭えず、退職後は、自負していたほどに会社が自分を必要としてはいなかったことを知らされる程度の職ではあっても、在職中は、それ一筋に生きてきたことが窺える位には彼にとって職業は、とにもかくにも筆頭ジョブであったわけだ。定年退職してからは、やむなくながらも、これまであまり省みることのなかった妻ヘレン(ジューン・スワイブ)の希望を叶えるキャンピング・カーでの旅に付き合い、よき夫を筆頭ジョブにしていくつもりだったのだろう。
 仕事に対しても、妻に対しても、熱意や愛情という側面以上に自分にとって必要なジョブとしての機能を感じているのが、おそらくはウォーレンのパーソナリティなのだ。だから、妻が存命中は任せっきりにして不満は抱きながらも大して口出しもしていなかった娘ジーニー(ホープ・デイヴィス)の結婚に対して、やおら介入しないではいられない気持ちになるのも、娘への愛情というよりも、他に何もなくなっている“ジョブとしての父親”というものの重みが俄に増してきたからだという気がする。今まで放っておいて急に干渉してくるのは、お門違いだとジーニーから拒まれるが、彼女にしてみれば、ジョブ型人間の冷たさのようなものに対する反発があってこそ選んだ結婚相手のランドール(ダーモット・マルロニー)であり、その家族だったような気がする。ウォーレンがろくでもないと内心見下している部分にこそ宿っている生々しさや温かさを彼女は必要としていたということだろう。僕には、ウォーレンが彼らを見下しているように見えて、決してろくでもない連中というようには見えなかったが、感心したのは、ウォーレンが不当に見下している形にして過剰にあからさまにはせず、文化なり生活感の違いとして、ある意味ではウォーレンがそう感じるのもやむを得まいと充分理解できるような形で描いていたことだ。ウォーレンが見下すのも、ジーニーが選択するのも、どっちも解らなくはないという加減がなかなか微妙だった。
 この異質さの際立ちから想起したのが先頃観たばかりの『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』で、かの作品では脇役だったイアンの父親というのは、ひょっとしたらウォーレンのような人物だったのかもしれないと思った。少なくともウォーレンにもラテンの香りはなく、シュミットという名前から察せられるようにゲルマン系なのだろう。こういう生き方は、社会的な失敗は少ないように見えるけれど、人間の生き方としては、妙に分が悪いように感じられるところがある。人の誰しもがラテン的な生き方ができるわけでは到底ないけれども、ウォーレンが旅の途中で知り合った作業療法士の女性にたちどころに指摘されたような“怒りと不安と孤独”を心の奥に押し込め、それらを紛らせ逃げ込めるようなジョブを求めざるを得ない生き方というのは、なんとも哀しい気がする。やはりジョブではなく、生の人間を求めることのできる感性を損なわれたくはないものだ。
 そういう意味で、最後にウォーレンが得たささやかな救いは、物語の展開としては、いささか取ってつけたような感が否めないが、非常に重要なものではあろう。やはり人は、人にその存在を必要とされていることを実感として感じられてこそ生きていけるのだろうから。彼が誰からも必要とされていないと感じていたときに得られたものであればこそ、落涙に値してもおかしくはない。
 妙に面白かったのが、ウォーレンを演じたのがニコルソンであったために、娘の結婚式でのスピーチのスリリングさに気が抜けない感じだったことだ。本当に言いたいことをぶちまけて、結婚式自体をぶち壊したい思いとのせめぎ合いのなかで、無難なスピーチを辛くも続けていくさまがあれだけスリリングだったのは、彼ならではのものだろう。結局、言いたいことは言えないままに無難に納めてしまう。それは、自分で会社を興したいと思いながらも、妻の反対で意を決することができなかった彼の小市民ぶりとも符合しているのだが、ジャック・ニコルソンがそういうキャラクターを演じていることでのスリリングさというのは効果絶大だったように思う。


推薦テクスト:「FILM PLANET」より
http://homepage3.nifty.com/filmplanet/recordA.htm#aboutschmidt
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2003acinemaindex.html#anchor000953
推薦テクスト:「THE ミシェル WEB」より
http://www5b.biglobe.ne.jp/~T-M-W/movieaboutschmidt.htm
推薦テクスト:「多足の思考回路」より
http://www8.ocn.ne.jp/~medaka/diary-aboutschmidt.html
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2003/2003_06_30_2.html
推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0308-2about.html
推薦テクスト:「Across 211th Street」より
http://wells.web.infoseek.co.jp/0305.html#schmidt
推薦テクスト:「シネマ・サルベージ」より
http://www.ceres.dti.ne.jp/~kwgch/kanso_2003.html#about_schmidt
推薦テクスト:「とめの気ままなお部屋」より
http://www.cat.zaq.jp/tomekichi/impression/kansoua2.html#jump18

by ヤマ

'03. 8.14. 県民文化ホール・グリーン



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