『日本鬼子 日中15年戦争・元皇軍兵士の告白』
監督 松井 稔


 冒頭、靖国神社参拝に集う様々な立場と主張の人々の顔が映し出される。軍服に身を包み、戦友との再会を屈託のない笑顔で、酒を酌み交わして楽しんでいる姿も描かれる。しかし、2時間40分に及ぶ十四人の元皇軍兵士の語る日本軍の様相や自身の加担した加害行為における当時の心情と具体の様子を聞くに連れ、途中から後頭部のあたりに鈍く貼りつくような痛みが長らく続くこととなった。もう四十年近く映画を観てきているが、こんな身体反応に出くわしたのは、初めてだ。随分と趣味の悪い映画や難解な作品、気分が悪くなるようなものも観てきたけれども、こういう頭痛に見舞われたことはなかった。

 語られた事々に、出来事として初めて聞くようなことは只の一つもなかった。新兵いじめであれ、石井細菌部隊での人体実験であれ、軍病院での生体解剖であれ、凄絶な拷問であれ、兵士と農民の区別なく女子供も容赦なく虐殺し、強姦し、掠奪と破壊の限りを尽くしたことであれ、果てには、強姦したあと口封じに殺した村の娘の人肉を肉が喰えないあげくの食料にしたことであれ、これまでに映画や書物で見聞したことのあるものだ。だが、行為の当事者から顔が見える肉声での語りを聞くのは初めてで、目撃証言に留まらないその強度に晒されてみて、語る言葉とともに顔が見える映画の力、とりわけドキュメンタリー映画ならではの力を思い知らされた。表情や抑揚を伴った、語りの言葉だからこそ、強い証言力を観ている者に感じさせるのだと思う。

 ある者は、みんながやっていたと遠くを見るような表情を添え、ある者は、無感覚になって行ったんだなぁと対象化せずにいられない。ある者においては、一種の高揚を必要として自らに課すためか、語り得ることをいくぶん得意気にしているとさえ見えることもあった。そして、彼らの殺人行為が、命じられ、嫌々ながら仕方なく始めたことで、意気地なしとか役立たずには見られたくなかったというのは、総ての加害者に共通していた。最初はおのずと働く抵抗感や気後れで、もたつき、遂行できず、何度も繰り返させられてようやくやれるようになり、一人前と目されたと言う。そういうなかで、“毒を食らわば皿まで”式に積極的に加担することで一目置かれることを目指したことを告白した人物、平然と敢行し率先することを功績として己が昇進を手にいれた人物、命じる立場にもなって自分が命じたときのことを告白した人物、更には、虫けらのように殺したりすることが面白くなってきたことさえ告白している人物もいて、いささか衝撃を受けた。十四人もの元皇軍兵士が語ることで、中国各地で何年にもわたって重ねてきていたことがわかる。証言者の出自、学歴、職業、年齢も様々で、軍隊での階級や立場も幅広かった。

 だが、口にしにくいことを果敢に語るにしても、自身の行為をこの部分まで語り得る心境というのは何なのだろう。とんでもない残虐行為とその勇気ある告白という、凡そ両極に評価されるべきことなれど、通常の感覚では測り知れない破格さにおいて、両者は共通しているように感じられた。本当に人間は、場合によっては、どんなことだってなし得る存在だと思う。最初に語り始めるときは並大抵のことではなかったろうし、続けるなかで次第に身につけていったものもあるのだろう。

 特に印象深かったのが、産後も間なく床を出られずにいる若い女性を赤ん坊もろとも家ごと丸焼きにした兵士の告白だ。村ごとの焼き打ちを命じられて押し入った家で、そういう母子を発見して自分がこれからしようとしていることの恐ろしさに、さすがに背中から後頭部にかけて寒気が走り、ぞっとして思わず怯んだそうだが、その次に頭に浮かんできたのは、「チャンコロのくせして赤ん坊を産むなんて、俺たちが軍隊でこんなに苦しい思いをしているのに、いい思いをしやがって」という怒りだったそうだ。足に取りすがって必死に許しを請う老人に困ったときに、次第に「バカにされている」と感じだして、怒りを覚えたと語った下級将校もいた。

 人が対処不能の状態に立ち至ったときには、泣くか笑うか怒るしかないとは思う。彼らには自身の怒りの感情を引き出すしか、次の一歩への踏み出しようがなかったわけだから、腑には落ちるのだが、とてつもない発想で驚かされる。こういうリアリティは、やはり当事者でなくてはかなわない。被害者のみならず、加害者も心身がずたずたにされていたことが偲ばれる。加害行為の残虐非道さともあいまって思わず戦慄し、暗澹たる気持ちになってくる。

 加害行為を語ることを始めて、夜中にうなされることが少なくなったと語る元兵士もいた。贖罪や使命感だけではないものが彼らに言葉を継がせていることの窺えるところに説得力がある。こういう言葉と表情の力を前にして、彼らの証言活動を「洗脳による虚偽であり、自虐史観の根源だと批判する」という“自由主義史観”というのは、いったい何物なんだろう。




推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0209-3aboutab.html#nihonkisi
推薦テクスト:「マガジン9」より
http://www.magazine9.jp/article/kunio/14869
by ヤマ

'02. 9.18. 自由民権記念館ホール



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