『ひかりのまち』(Wonderland)
監督 マイケル・ウィンターボトム


   手持カメラで接近した撮影による大きな動きに揺れるシネスコサイズ画面にのっけから出くわして、困ったものが流行りだしたものだと『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を思い出し、嫌な予感が走った。だが、ショーン・ボビットの撮影は、ロビー・ミュラーほどに悪ノリしたものではなく、気分が悪くなったりせずに観ることができて、幸いだった。

 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』での不快で色褪せた現実は、手持カメラの激しい揺れによる不快さと極端に色調を落とした画質によって、まさしく視覚的にも不快で色褪せたものとして描かれていた。そして、そんな現実と鮮やかな対照を見せるドリーミーなまでの夢想のほうは、フィックスのデジタルカメラによる撮影だったようだ。いにしえの名作ミュージカル映画を想起させるようなスケール感と人工的な色彩設計を施した演出、そして、何よりもビョークのあの歌声によって、まさしく現実離れした夢想という形で、あざといまでに技巧的に際立たされていた。

 ラース・フォン・トリア監督の示したそういう対照にこの作品で相当するのは、16ミリからブロウアップされた粒子の粗い手持カメラの映像の残していくぼやけて濁った索漠さであり、それと対照的に、温かみを感じさせながらも硬質な透明感を湛えた響きで魅了してくれたマイケル・ナイマンの音楽であったように思う。この映画が、直接的に『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を意識していたとまでは思えないが、ある意味で作品ごとにテーマは共通させながらも作風を変えてくるマイケル・ウィンターボトム監督が、少なくとも“ドグマ95”を意識して撮った作品だったのではないかという気がする。

 この『ひかりのまちで』でも、他の作品と同様、この世での生きにくさと人の生の寂しく虚ろな現実が切実に描かれていた。ある種のイギリス映画を観ていると、いかにも階層社会の固定化を感じさせるような閉塞感のなかで、サッカーとロックとセックスでわずかに憂さ晴らしをして生きるしかないような人々がほとんどで、それがイギリスの現実であるかのような気にさせられるが、この作品でも、ビル(ジャック・シェファード) とアイリーン(キカ・マーカム) 夫婦の三人の娘たち、長女デビー(シャリー・ヘンダースン) 次女ナディア(ジナ・マッキー) 三女モリー(モリー・パーカー)のみんなが愛情に飢え、寂しくあてどなく生きている。両親とて同じだ。そして、その心細さを何とかやり過ごしていくことこそが生きるということだと言わんばかりで、少々やり切れない気分を伝えてくる。生きにくい生をからくもやり過ごしていくために皆人は、たわいない程度に自堕落で身勝手でだらしがない。人の人生って何処でもそんなものかもしれない。何のために生まれてきたかなどということを考えてみるだけでもできるのは、よほど恵まれたことなのだろう。三人の娘に関わるダン(イアン・ハート) ティム(スチュアート・タウンゼント) エディ(ジョン・シム)にしたって、生の輝きはどこにもない。わずかに末弟のダーレン(エンゾ・チレンティ) のみが命の輝きとエネルギーを感じさせるが、それが恋人メラニー(サラ=ジェーン・ポッツ) と連れ立って、閉塞感に満ちたこの国を出て行く設定になっていたところが象徴的だ。

 しかし、重要なのは、誰をも荒んだ人間として描いていないことだ。貧しく退屈で冴えない生活と寂しく難儀な人の生をからくも支えているのが家族に象徴される身近な人との逃れようもない絆であって、とりわけ子供の誕生や存在は、まるで寄る辺なき虚ろな生に足掻く者をぎりぎりのところで支えるために生まれ出たかのようだ。何のために生まれてきたかなどとの自省はいらないのだ。既に役割は果たしている。

 夜空を飾る満天の花火に祝福されるかのようにして、この街でその夜生まれたモリーの娘。そして、その小さな赤ん坊が招いたかのように、ささやかな奇跡が彼女の新たに加わる家族の人々のなかで起こるのだ。母親譲りにすべての主導権を持っていないと気が済まなかったように見受けられたモリーが自案ではなく夫エディのほうの案をいれて(不思議の国の)「アリス」と娘に呼び掛け、引き合わされるようにして行方知れずになっていた夫と再会し、ふたりが和解の視線を交わす。また、家出したまま音信不通で、恋人に勧められても電話をしようとしなかったダーレンが留守電に声を残し、父親が殊のほか喜ぶ。次女ナディアは、遠退いていた両親宅を訪ね、たまたまのようにして、出会いと呼び得ることになるかもしれない予感を与える出会いを果たした。生きにくいと言いつつも、やはり人の世は不思議な力を持った場なのだという感じは確かに残してくれていた。


推薦テクスト:「シネマの孤独」より
http://homepage1.nifty.com/sudara/kansou6.htm#hikarino
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2000/2000_09_18.html
推薦テクスト:「This Side of Paradise」より
http://junk247.fc2web.com/cinemas/review/reviewh.html#wonderland
by ヤマ

'01. 1.19. 県民文化ホール・グリーン



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