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『八月のクリスマス』(Christmas In August) | |||||
監督 ホ・ジノ | |||||
韓国映画なのに、言葉や文字が日本語でなく、校舎のポールにかかっているのが日章旗でないことが却って奇異に感じられるくらい、人の姿かたちや風景、町並み、家の造り、たゆたう空気すら、まるで日本であるかのように自然と気持ちが溶け込んでいく。過剰な刺激が当たり前のようにして氾濫している今の映画のなかで、こんなにも慎み深く穏やかで上品な映画を観ると、ほんとに心が洗われるような気がする。三十過ぎの男性の笑顔をあんなに優しく穏やかに、魅力的なものとして表現し得たハン・ソッキュには唸らされたし、若い女性に特有の若々しい固さと無頓着さというものを爽やかな明るさでくるんだ瑞々しい個性をまさしく体現していたシム・ウナもたいしたものだ。 写真屋を営む主人公が、たわいもない幽霊のおなら話を夜道でしながら、ふっと腕を絡めてこられて、思わず話につまってしまったりする場面や喫茶店の窓ガラス越しに見つめる姿に手を重ね、手を伸ばすわけにはいかないところにいる相手への思いを込める場面などは、一歩間違えば、陳腐以外の何物でもないクサい演出になりかねないのだが、それが不思議としみじみ心に染みてくるのは、映画全体の基調としてホワっとした優しい空気がしっかりと宿っているからだろう。高揚した感情を率直に表現した場面が、酔ったうえでの警察での乱行シーンと石を投げつけガラスを割るシーン以外にただの一つもないことが、そのような映画全体の基調を醸し出す基礎を作っているのだと思う。病気が悪化し、入院にいたる顛末や擦れ違いの手紙を読んで会いにでかける顛末、訪れた死など、通常ならドラマ的高揚を演出するはずの材料をことごとく抑制することによって得たものだ。静かでもの言わず、けっして動くことのない写真だからこそ、ビデオなどでは記録し再生できない記憶というものを掬いとれることがある。日常でのそんな体験を思い起こさせて、自らを静かに見つめることを促すような、美しい映画であった。 推薦テクスト:「BELLET'S MOVIE TALK」より http://members.tripod.co.jp/bellet/movie/review57.html | |||||
by ヤマ '99. 9.20. 県民文化ホール・グリーン | |||||
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