『プライド−運命の瞬間−』
監督 伊藤俊也


 戦時の首相、東条英機A級戦犯を美化し、英雄視する不愉快な映画だと中国からクレームのついた問題作を観てきた。二時間半の上映時間を長いと感じさせない堂々たる作品であった。観終えてみて、作り手が一番強く訴えようとしていたのは、責任ある立場にいる人に持っていてほしい自負や誇りの大切さと東京裁判の欺瞞性だったのだろうとは感じたところだ。
 実際、昨今の指導者たるや、皆々こぞって保身弁解に汲々としていて見苦しいこと、このうえない。そういう卑しい指導者の象徴のような存在が東条英機のイメージなのだが、ある意味で占領政策のスムーズな浸透と国体保持のための対国民戦略として、敢えてそういうイメージを強調された可能性自体は、なくもなさそうではある。国の指導者としての彼の判断に誤りや失敗があったことは間違いのないことだが、そのことに対する自覚を持ったうえでなお、凛々しく誇り高い堂々たる人物像として作り手は東条を描き、彼の名誉回復を図っている。そこにもし意味があるとするならば、「史上最低の首相は彼ではないよ、そしたら…?」とか「あの東条英機でさえ本当はこんなに威厳があったんだよ、それなのに…。」といったことだろう。そして見方によっては、真の戦争責任者として“天皇の戦争責任”に言及していると言えなくもない箇所もこの映画のなかにはあったりして少し驚いた。
 東京裁判が法的に見て相当いかがわしい裁判であったことは、今に始まった指摘ではなく、実際にもそうだと思う。映画のなかでも、国民に対しては確かに重大な責任があるが、英米から糾弾される筋合いのものではないといった言い方がなされていたような気がする。確かに帝国主義による覇権争いをしていたことでは、同じ穴の貉であることに間違いない。非人道的である点で原爆投下が引き合いに出されたりもしていた。さりとて裁判が欺瞞性の強いものであったことが、直ちに戦犯に何らの責任もなかったことを意味するわけではない。手続き的法的妥当性の欠如は、それによる処分の不適性を意味するだけで、問われた責任自体の実際を左右するものではない。
 よしんば、“指導者の持つべき自負と誇り”“東京裁判の欺瞞性”は容認できるものと支持しても、この作品には、何とも容認しがたい点が少なくとも三箇所あった。まずは検事から戦局の拡大の意図を質され、それは戦争の本質というものだといった言い方ですましてしまう点だ。それに対して検事が何も追及しないなどとはおよそ思えないし、そもそもそんな馬鹿な話はない。敢えて言うなら、侵略戦争の本質と言わなければ意味をなさないが、侵略戦争ではなかったという主張としておこなわれるのだから詭弁でしかない。次に、南京大虐殺について目撃証言として一名の拉致しか証言できない証人のみしか登場させない点だ。そういう証人もいただろうが、もっと具体性を帯びた証言をした者もいたはずだ。意図的だというほかない。三点目は、帝国皇軍がナチスドイツと同一視されることだけは我慢ならないし、死んでいった兵士たちに済まないと裁判でほぼ確実な死刑宣告を前にして、東条英機が孤軍奮闘英米に立ち向かう我が身を死を覚悟して米国艦隊に体当たりした特攻隊員の散華になぞらえていることだ。情報も与えられないなかで選択の余地もなく追い込まれていった若者と彼らの若い命をいたずらに犠牲にする愚劣な作戦を命じた老人とを同一視するのは、自己陶酔とはいえ度しがたいものがある。孫子も為し、生い先の知れた老人とこれからが人生の本番であった若者という点だけでも大きな違いなのに、命じた側と命じられた側であるという決定的な違いについて、作り手がかくも鈍感であっていいはずがない。たとえそれが作中人物の自己陶酔の描写にすぎないとしてもだ。
 しかし、この作品の存在自体を否定する向きがあることには僕は反対だ。いささか困ったものだと憂えている近年の自由主義歴史観などという胡散臭い流れに乗っかった作品ではあるが、表現の自由は抑圧されるべきではない。逆に、むしろそれらへの問題意識を喚起できる好材として活用すべきではないかと思う。そういう意味では、こういう映画こそ成人指定ないしはR指定にするべきだし、そういう指定をしてこそ映倫の面目も立つというものだ。(もっとも現実には、その必要がないくらいに青少年の姿を映画館内で見掛けなかったのだが、それとこれとでは意味が違ってくる。)
 中国側で早速この作品を題材として大学入試で取り上げていることについては、諸手を挙げて支持をするよりは少し困ったものだという印象のほうが強いけれども、少なくとも題材としての活用を図っている点では、問題意識を喚起するものであるという認識で中国が上回っているように思う。つまらないから観てもしょうがないというような軽い作品ではないことだけは確かだ。
by ヤマ

'98. 6.14. 高知東映



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